第82話 『野球をしないために産まれた男』の奇跡
指定した十球はすべてアメリアの構えたミットの位置に素直に飲み込まれて行った。
「ほらな。誰だ?このマシンはビンボールしか投げられないなんて言ったのは。じゃあ、誰が行く?」
かなめは得意げに笑うと野球部員達を見渡した。
誰も手を上げない。十球程度の慣らしで信じるにはそのマシンはあまりに古びて見えた。
「誰も行かないなら俺が……」
ためらう野球部員達の後ろでユニフォームすら来ていないマネージャーの菰田が手を挙げた。部員達は嫌われている菰田が人身御供になってくれるなら大歓迎だというように彼の前を避けて道を作った。
「菰田……オメエが打席に立つのか?バントだって空振りするオメエが?」
菰田と相性の良くない島田が冷やかし半分にそう言った。
「とりあえず安全だって証明するのもマネージャーの仕事だ。打席に立つだけなら俺にだってできる」
そう言う菰田の頬は引きつっていた。愛するカウラの前で少しでもいい格好をしたい。そんな下心がこの場にいる全員から丸見えだった。
「かなめちゃん。ちゃんと動かしてね」
マスクを外して菰田の様子をうかがっていたアメリアがかなめに向けてそう言った。
「任せてろ!最大出力でど真ん中にストレートをお見舞いしてやる」
心配そうなアメリアをよそに、自信ありげにかなめはそう答えた。
「じゃあお願いします!」
そう言うとヘルメットを深めにかぶった菰田は右バッターボックスに入った。
「構えはちゃんとしてるんですね……そんなに野球に向いてないんですか?菰田先輩。恰好だけは立派に見えるんですけど」
「典型的な見掛け倒しだ。期待はするな」
かたずを飲んで見守っているカウラに向けて誠は正直な感想を口にした。マシンに軟球が挿入され、スプリングの力でアームが後ろに後退する。
初球だった。放たれたボールはこれまで見たことも無いようなスピードで放たれ、そのまま菰田の顔面を直撃した。
「やはりな」
カウラのギャンブラーとしての勘は見事に的中した。菰田はそのまま崩れ落ちるようにバッターボックスに倒れこんだ。
「やっぱりこのマシン危ないですよ……って菰田先輩あんなに明らかに顔面に直撃するコースの球を避けられないんですか?」
菰田のデッドボールは誰もが予想していたものらしく、心配して駆け寄るのは心優しい看護師のひよこだけだった。
「折れてます!鼻骨が折れてます!」
声も出さずに黙り込んでいる菰田の顔を診察したひよこの叫び声でどうやらことが大事になったらしいことを誠は理解した。