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第70話 珍しく本音を語るかなめ

 誠はそう思いながら慣れない苦いスコッチを舐める。舌に広がるアルコールの刺激。それを感じてすぐにグラスをカウンターに置いた。静かな曲は日が暮れるように自然に沈黙に引きずられて終わりを迎える。

「済まないな、暇で。今日はアタシの貸切みたいなもんだから。この掻き入れ時に貸し切りなんてことを言い出した勝手なアタシを許してくれよ」 

 かなめがバーテンに声をかけた。バーテンは落ち着いた笑みを浮かべ首を横に振る。そしてかなめは再びグラスをかざして中の氷が動く様をいとおしげに見つめていた。

「それにしてもお嬢様。いつもの……葉巻はやられないんですか?出しましょうか、愛用の『コヒーバ』」

 上品そうにひげを蓄えたバーテンがそう言ってなじみの客であるかなめに向けて笑いかける。

「ああ、今日はこいつがいるからな。今日は葉巻は無しだ」

 バーテンの一言に軽くかなめが誠の顔を一瞥した後微笑んだ。

「やっぱこっちのほうが合うぜ、アタシは。ああいう貴族の気取った世界が嫌いで軍に入った癖に、三つ子の魂百までってのは本当だな。ドレスを着るときっちりお姫様の動きになっちまう。このがらっぱちのアタシがまるで嫌でしてる演技みたいに見えたかもしれねえが……そんなことはねえんだ。こっちが本当のアタシだ」 

 かなめにはワインよりもスコッチの水割りのほうが似合う。誠も同じ意見だった。今のかなめの姿はまるで舞踏会を抜け出したじゃじゃ馬姫のようだ。その方が彼女にはふさわしい。口には出さないが誠はかなめを見ながらそんなことを考えた。

「でも島田さん達はそれなりに喜んでたじゃないですか。人によるんですよ」 

 そんな誠のフォローにかなめは心底呆れたような表情で彼を見つめる。

「ヤンキーとその連れの馬鹿娘達が喜んでもな……ひよこは良い。アイツは苦労人だから。母子家庭に育って今でも弟達の学費を給料から仕送りしてる……無駄遣いばかりのアタシとは人格が違うな……そう思うだろ?オメエも」

 かなめの自虐に誠は首を横に振った。

「人それぞれですよ。かなめさんはかなめさんです。今のかなめさんは素敵ですよ」 

 ふと見たかなめの顔に悲しげな影がさしているように誠には見えた。

「着慣れたドレスを褒められてもうれしくねえよ。いつものラフなスタイルの時にそう言え。そっちの方がうれしい」

 かなめらしいひねくれ具合に誠は戸惑いつつ微笑んだ。

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