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第69話 かなめの似合うの世界

 ドレスを身にまとい先頭をあるくかなめが振り返ると誠の肩を持って島田に向き直った。

「島田。悪りいがこいつ借りるぜ」 

 そう言うと部屋の中に置き去りにされた飲みかけのコーヒーをもの惜しげに見つめている誠の横に立ち、肩に手を当てた。

「アタシなりの()びだ、付き合え」 

 そう言うと有無を言わさず誠をつれて、そのまま静かに部屋を出た。カウラとアメリアは突然のことに呆然として宴席に取り残されるだけだった。

 そのまま通路を通り抜けた二人はホテルのエレベータに向かう。

「何を?どこに付き合うんですか?」

 誠はいつものこととは言え気まぐれなかなめの態度に少しムッとしながらそう尋ねた。

「まあいいから付き合え。オメエからしたらアタシが居るのにふさわしい場所だ」

 エレベータに乗り込んだかなめはいつもの自然体のかなめに戻っていた。

 そしてたどり着いたのは地下だった。その雰囲気はかなめが言う通り彼女に似合っていると誠は思った。

 そこは先ほどまでの明るい雰囲気とまるで違った。上の階の華やかな落ち着きと違うどちらかと言えば危険な香りがする落ち着いたたたずまい。実に静かな雰囲気のバーにかなめが向かう。

 店には客はいなかった。それでも一人年配に見える女性ピアニストがジャズを弾き続けていた。かなめは笑顔を振りまくピアニストに微笑みかけた後、ドレスのスカートを翻すようにしてカウンターに腰掛けた。黙って見つめるかなめの隣の席に誠は当然のように座る。誠はあまりにも自然で自分でも不思議な感覚にとらわれていた。

「凄いですね……こんな素敵なバー初めて来ました」

 誠はその『もんじゃ焼き製造マシン』としての宿命から友達が少なく、こんな洒落た場所に来る機会などこれまでなかった。

「そうか、アタシはこういう場所が好きなんだ。マスターいつもの頼む」 

 慣れた調子でバーテンにそう言うと、かなめは手袋を外し始めた。バーテンはビンテージモノのスコッチを一瓶と氷が満たされたグラスを二つ、二人の前に置いた。

「アタシの産まれと性格のギャップに気づかなかったアタシが馬鹿だったんだ。柄にもねえことするからだな。罰が当たったんだな。オメエもそう思ってんだろ?それにオメエに理解できねえような甲武の仕組みを教えたところで無駄だったのも分かってる。知らなきゃ知らねえで良いことなんだ」 

 かなめはそう言いながら氷の満たされたグラスを手にした。乱打するような激しい曲が終わり、今度は静かなささやきかけるような演奏が始まった。

「そんなこと無いですよ!僕が、その……ええと……確かに運用艦で食べた『釣り部』の釣ってきた新鮮な魚料理もおいしかったですけど今日の一流シェフが料理する魚もおいしかったですよ。それに今日かなめさんの素敵なこともよく分かりましたし……確かに言ってることはよく分からなかったですけど」

 言い訳をしようとする誠にかなめはいつものどこか陰のある笑みで応える。誠は申し訳無さそうに顔を上げる。そんな彼を首を横に振りながらかなめは見つめる。 

「気にすんなよ。アメリアの口車に乗ったアタシが馬鹿だったんだ……多少は大公らしいとこを見せろってな……貴族に生まれてうんざりしているってのによ。アタシだって好きであんな家に産まれた訳じゃねえんだ。オメエみてえに普通の家に産まれたかった」 

 スコッチが注がれた小麦色のグラス。かなめはそれを手に取ると目の前に翳して見せた。そして静かに今度は誠を見つめる。誠も付き合うようにして杯を合わせた。ピアノの響きは次第にゆったりとしたリズムに変わっていく。誠とさして歳が違わないように見えるバーテンは静かにグラスを磨きながらピアノ曲に浸っているように見えた。

「言い出したのはやっぱりアメリアさんですか」 

 確かに今回の食事会は仕掛けが凝りすぎていた。それにかなめに難しいことをしゃべらせるように誘導したのもすべてアメリアの仕業だった。

「まあな……あのアマ……人を調子に乗せるだけ乗せてはしごを外しやがった……糞が!」 

 多くは語りたくない。そんな雰囲気で言葉を飲み込みながらかなめはスコッチを舐める。なじんだ場所とでも言うようにかなめは店に並ぶ酒を見つめる。

 かなめのその目は安心したと言う言葉のために有るようにも見えた。


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