第67話 年齢詐称する人々の事情
「皆さんフランス料理とか食べ慣れてます?」
誠はテーブルの上を見回すとずっと気になっていた疑問を口にした。三人ともフォークとナイフの扱いはこなれていて悪戦苦闘する誠は完全に置いてけぼりを食っていた。
「逆に聞くけどさ。オメエの親父は私立高の教師だろ?そんなに給料安いのか?フランス料理位食ったことあるだろ?」
こういう料理には慣れているかなめにとって東和の庶民の食生活がどのようなものか想像するような力は無かった。
「いや……うちの父は全寮制の高校の寮に住んでいて年末ぐらいしか帰ってこないんですよ。それに僕は乗り物に弱いんで旅行とかほとんどしたことが無くて……修学旅行も行ってませんし。それに高校教師の給料ってそんなに高くないですよ。僕だって大学は奨学金で行ったくらいですから」
仕方なく誠は自分のあまり知られたくない事実を吐露した。
「でも、校外学習とかは?修学旅行とかもあるんじゃないの?」
「それも……僕はその日は休みました。本当に乗り物に弱いんで」
アメリアの問いに答えつつ、誠はある事実に気づいた。
自分が『パイロット』と言う乗り物の操縦を仕事にしているという事実である。
「でも今日は吐かなかったじゃないか」
「いえ、途中のパーキングエリアで吐いてました」
カウラのフォローにそう答えざるを得ない自分を情けなく思いながら誠は不器用に白身魚の肉片を口に運んだ。
「吐いたの吐かないだの……食事中に言うことでもないでしょうに」
アメリアはそう言いながら苦笑いを浮かべる。
誠も自分が間を考えずに答えていたことに恥じて頭を掻いた。
「アタシの話はこれくらいにして……実は、カウラには秘密があるんだぞ」
ニヤニヤ笑いながらかなめはたれ目で誠に目を向ける。
「それは言うなって!」
カウラは少し戸惑いながらかなめにつぶやく。
「なんです?秘密って?パチンコ以外にも何かギャンブルをやってるんですか?お金が足りなくなりますよ」
パチンコと言えばカウラ、カウラと言えばパチンコ。誠にはそんな印象が有り、ランにパチンコを制限されているカウラがその腹いせに他のギャンブルに手を染めることは十分考えられる話だった。
「そんなんじゃねえよ。あのなあ……実は、こいつ8歳なんだ」
誠はかなめの言うことの意味がよく分からなかった。
カウラの身分証は以前見たことがあったが、25歳の年齢になっていたはずである。
「そんな……嘘ばっかり。年齢が嘘なのは隊長とクバルカ中佐だけで十分ですよ。あの人たちは『不死人』だから見た目が変わらない。カウラさんは法術師じゃないでしょ?そんな嘘で僕を騙そうとしても無駄ですよ」
そう言って誠は不器用に口の中に魚の脇に添えられた根菜を放り込む。
「それ本当よ。カウラちゃんは最終期の『ラスト・バタリオン』だから、東和共和国で8年前にロールアウトしたのよ。だから、人間の年齢的に言うと8歳ってことね」
あっさりとアメリアがそう言った。
「それって……」
誠にはアメリアの言うことがまるで理解できなかった。
「身分証なんてみんな嘘だよ、うちの『ラスト・バタリオン』の連中のは。考えてもみろ!ちっちゃい姐御なんて何歳だよ、実際は……聞いてんだろ?あの奇妙奇天烈な昔話」
誠はそこで思い出した。
何度か話したところによるとランはかつて地球に行ったことがあると言っていた。しかもそれはデボン紀と言う地質学の歴史のレベルの昔の話だと言っていた。誠も理系なので地質年代には多少の知識があり、ランは少なくとも3億7千万年は生きていることを意味していた。
ところが身分証では34歳である。そして見た目がどう見ても8歳児である。
誠はそのまま目を白黒させて固まった。
「あ、誠ちゃんが混乱してる……」
アメリアはそう言ってほほ笑んだ。
「書類なんていくらでも偽造できるんだよ……いつも姐御が言ってんだろ?『目で見たリアルだけが真実』だって」
かなめはそう言うと上品そうにナプキンで口の周りを拭った。
「目で見たものだけがリアル……でも……」
デザートのアイスクリームが運ばれてきたときに、誠は周りの女性上司を見守っていた。カウラは普通にそれを受取ると静かにさじを動かす。
アメリアもまたその様子を一瞥した後、何事も無かったかのようにそれを口に運んだ。