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第64話 『駄目人間』の人間関係

「なんだよ……アタシの家は……確かに複雑だな……特に叔父貴がらみが」

 口調はがらっぱちだが、かなめのフォークさばきは手慣れたものだった。

「そう言えば……隊長は苗字が『嵯峨』ですけど……西園寺さんの叔父さんなんですよね?西園寺さんの弟……それがなんで苗字が違うんですか?」

 フォークに慣れずにそのまま皿を手に持ってサラダを食べ始めた誠にアメリアやカウラが明らかに呆れた表情を浮かべる。

「まず言っとくと、叔父貴は爺さんの義理の息子なんだ……なんでも、おふくろの家の親戚とかで……十三歳の時にうちに来たらしい。そん時の名前が『西園寺(さいおんじ)新三郎(しんざぶろう)』って言うの。アタシの親父が次男で次に西園寺家に来たわけだから三男だから『新三郎』」

 そこまで言うとかなめはまた慣れた様子でワインを口に含んだ。

「でも、隊長が僕の家に出入りするようになった時には『嵯峨惟基』って名乗ってたって母さんが言ってましたよ?母からは『西園寺新三郎』なんて名前、聞いたこと無いですよ、一度も」

 誠はサラダを口に頬張りながら下品にそう言った。明らかに三人の女性上司が呆れているのは分かったが、他に食べ方を知らなかったので仕方がなかった。

「うちは、『殿上貴族』のトップなんだよ!貴族の家が断絶になると、うちにその家の家格(かかく)がうちの預かりになるわけ!だからうちには絶家になってうち預かりになった家の家格がごまんとある」

 物わかりの悪い誠を非難する調子でかなめが叫んでくる。

「お家断絶……なんか江戸時代みたいですね。家来の人が西園寺さんの家に討ち入りに来たりしないんですか?絶家になったのがサムライの家だったりすると」

 誠の数少ない歴史知識に『忠臣蔵』は存在していた。だからサムライは何かというと討ち入りをするものだと言う理解があった。

「まあ、甲武国は『大正ロマンあふれる国』だから。大石内蔵助は江戸時代の人。さすがにそこまで甲武も古くないわよ」

 アメリアがわけのわからないフォローを入れてくるが誠は完全に無視した。

「でだ。『嵯峨』の家は甲武の公爵家で特別な家の『四大公家』なんだけど、ずっと絶家になってたわけだ。爺さんが戦争好きな他の貴族連中への当てつけで叔父貴を当主に据えて再興させたわけだ。だから、そん時に苗字が『嵯峨』になったわけだよ」

 かなめは相変わらず上から目線で社会常識のない誠に向けてそう言った。

「でも……名前は?新三郎じゃないですよ、隊長」

 苗字のことは理解できても名前がなぜ変わるかは誠には理解できなかった。

「あのなあ……甲武の上流士族以上は『幼名』って制度があんの!叔父貴は十三歳でうちに来た上に嫡流じゃねえから幼名で『新三郎』って名乗ったわけ!『九郎判官(くろうほうがん)義経(よしつね)』とか知らねえか?その義経の『九郎』にあたる部分が『新三郎』だ」

 かなめは馬鹿にする調子で誠に聞いてくる。

「そんなこと知りません。僕に何を期待してるんですか」

 かなめの常識は歴史知識皆無の誠にとっては完全にカルトクイズクラスのモノだった。

「だから……叔父貴はその規則で言うとだ『悪三郎内府(あくさぶろうないふ)惟基(これもと)』って呼ぶの!新聞とかではそっちで出てくるの!」

 誠はまた出てきた新しい名前にもうすでにその頭はパンクしていた。

「え?甲武国の新聞ってそんな珍妙な呼び方するんですか!覚えきれませんよ、そんな数の名前が出てきたら」

 誠は確信した。自分は甲武国には住むことができないだろうと。誠の記憶容量ではかなめや嵯峨の名前の多さに対応することはできそうに無い。

「まあ甲武でも活字で書いてある士族や平民用の新聞なら『嵯峨惟基』って書いてあるわよ。でもかなめちゃんの『読める』新聞にはそう書いてあるらしいの。ああ、かなめちゃんの読める新聞は誠ちゃんには絶対に読めないから大丈夫よ。私もあんな文字読めないし」

 今度はアメリアが奇妙なことを言い出したので誠はフォークを止めてアメリアの方に顔を向けた。

「僕の読める新聞……甲武も日本語通じるんじゃないですか?」

 またアメリアが妙なことを言うが無視しようとしたが、誠はその言い回しが気になってアメリアの方に目を向けてそう言った。

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