第62話 開き直るいつものかなめ
「そうかよ!ああそうですねえ!アタシにゃあ向きませんよ!」
これまでの姫君らしい言動から、いつものかなめに戻る。ただし、話す言葉はいつものかなめでも、その落ち着いた物腰は相変わらず上品なそれであった。そのギャップに誠はかなめの器用さを感じて感心していた。
「神前!とりあえずパンでも食ってな。初めてなんだろ?こういう食事は。まあ何事も経験と言う奴さ。場数を踏めば自然と慣れる。それにこういう食事をしたこと無いテメエに教えとくとパンは食べ放題だ。テメエは食う量は結構多いからパンで腹を膨らませ。いいな?」
言葉はすっかりいつものかなめに戻っていた。静かに前菜に手をつけるところなどとのギャップが気になるが、確かに目の前にいるのはいつものかなめだと思えて少し安心している自分に気づいた誠だった。
「そう言うものですか……パンでおなかを膨らませるのは嫌ですよ。僕もおいしい料理でお腹一杯になりたいです」
そう言うと誠は進められるままにミカンほどの大きさのあまり見たことの無いようなパンをかじり始めた。その歯ごたえはサクッとしていて、中の生地はふんわりとしていた。誠が家で食べる大手製パンメーカーのパンとは比べ物にならない味に驚いて、誠は思わずパンのお代わりを要求した。
「場数を踏むねえ。それって『これからも私と付き合ってくれ』ってこと?かなめちゃんが甲武に帰ったらそれこそこう言うお付き合いの食事に何度となく付き合わされるんだものねえ……どう?誠ちゃん。大公殿下から告白された感想は」
アメリアの言葉を聞いて自分の言った言葉の意味を再確認してかなめが目を伏せた。
「ありえない話はしない方が良い。西園寺家の婚姻は甲武国の貴族院の許諾が必要なはずだ。東和の一市民である神前との婚姻を貴族主義者が多数を占める貴族院が認めるわけがない」
珍しくカウラが毒のある調子で言葉を口にした。
「べっべっ、別にそんな意味はねえよ!ただ叔父貴の知り合いとかが来た時にだなあ、マナーとか雰囲気に慣れるように指導してやっているわけで……」
明らかに焦って見えるかなめだが、スープを掬うしぐさはテレビで見る『大正ロマンで鹿鳴館な国』、甲武貴族のご令嬢のそれだった。
「それじゃあ私達にも必要よね、そんな経験。いずれは隊に所属しながら『関白』になられるお方ですもの。甲武からの貴族様の陳情が山ほど来てこういう席にお呼ばれすることもあるかも。お願いするわ、お嬢様」
皮肉をこめた笑みを口元に浮かべるとアメリアはワインを飲み干した。