第58話 誠の知らない『地獄の国』
「十七歳で戦場に……そうか……この遼州でもまだ戦争をしている国があるんだ……この東和だけが平和で……確かに東和の海を隔てて西にあるベルルカン大陸ではいつも戦争してるって学校の先生が言ってたからな。そこでは僕の知らない戦場が有るんだ」
以前、アメリアに言われた『東和だけの作られた平和』についての話を思い出した。
電子戦兵器とアナログ量子コンピュータが作り出した閉鎖されたネットワークが生み出した人工的な平和。それが誠が生きてきたこの東和共和国の平和の正体だった。そのことを思い出すと誠は少し悲しくなってきた。
そしてその東和共和国だけの平和を望む『ビッグブラザー』と呼ばれる意志。その意志は他国の戦争に一切東和が関わらないようにと情報統制と経済操作でこの世界を操っているとアメリアは言った。
そんな自分の思いとは関係が無いように思える様々な意図に思いを巡らせながらアンが何を言い残そうとしたのかを考えつつ誠はゆっくりとお湯につかることにした。
檜が香る湯船の中。誠の頭の中にはアンの体中に残された銃創が思い出された。十七であれだけの銃創を残しているということはおそらくよほど幼い時から戦場に身を置いていたに違いない。砲火の中ひたすら続く戦乱を物心つかない前から経験してきたその心がどんなものか、平和な東和で生まれ育った誠には想像もつかなかった。
「平和か……でも平和のどこが悪いんだよ。ベルルカンの国々だって次々と遼州同盟に加盟してるんだ。いずれあの大陸にも平和が来る。クバルカ中佐も週に一度の会議でベルルカンで停戦協定が結ばれたって報告しているくらいだから、だんだん世の中は平和になってきてるんだ。子供が戦争に駆り出されるような時代ももう終わるんだ」
誠はアンの体中の銃創を思い出し、自分のこれまでの平和な日常を思い出してしみじみとお湯に体を預けた。