第57話 誠の名を知る者
とりあえず他にすることもないので再びお湯でも楽しもうと頭を洗い終えて振り向いた時だった。
「『カミマエマコト』曹長ですね」
湯船から湯にあたったらしくふらふらした足取りで、半身を乗り出して少年が話しかけてきた。
褐色な肌はどう見ても東和共和国民には見えなかったが少年の話す言葉は流暢な日本語だった。
「え?ああ、よく間違えられるけど……『シンゼン』って読むんだ……『シンゼンマコト』……ってなんで僕の名前を……」
誠はそそくさと湯船に足を入れる。少年はどこか親しげな姿を装うことを決めたかのような笑顔で近づいてくる。
「すみません……僕、漢字はあまり読めないんで……戦争で学校に行ったことが無かったから」
そう言う少年の頬に傷があるのが誠の目に入った。
そればかりでは無かった。体中に無数の
「僕のこと知ってるなんて……君は?」
誠は思いもかけず言葉が少し震えているのが自覚できた。銃創などと言うものは地球人がこの星にやってきて以来戦争をしていない東和共和国では見ることが無い代物だった。誠も少年の体中の傷跡が銃創だとわかるのは誠が軍の教育課程を経てこの『特殊な部隊』に配属になったからだった。
「僕はアン・ナン・パク……階級は軍曹です」
少年は軍隊で長く務めた人間特有のはっきりとした口調でそう言った。
「へ?軍人なのかい?君はいくつ?」
平和な東和共和国では見たことが無い『少年兵』であるアンの言葉に誠は戸惑った。少年兵が居ると言うと東和の東に浮かぶ『修羅の国』として知られるベルルカン大陸の失敗国家のどこかの出身らしいことは、いつも誠の社会常識の無さを気遣ってくれているランの社会常識講座で彼女の物覚えの悪い誠を罵る罵声とともに最近覚えた知識だった。
「十七です……見えませんか?」
アンの言葉を聞いても誠は彼が十七歳にはとても見えなかった。小柄で浅黒い肌の少年の姿はどう見ても中学生程度にしか見えないものだった。しかし、考えてみれば内戦ばかりで食料の奪い合いに明け暮れているベルルカン大陸の失敗国家で子供に与えられる食糧で誠のように大柄に成長することなどありえなことだと誠にも分かった。
「僕の国……ベルルカン大陸の『クンサ共和国』って言うんですが……貧しい国なんです。食べるものもろくにないのに内戦ばかり続いて……一昨年なんとか停戦合意が発効して遼州同盟に加盟したんです。それで今度……」
そこまで言うとアンは突然口をつぐんだ。
「今度……何?」
誠に尋ねられるとアンは真っ赤な顔をしてそのまま風呂から飛び出して脱衣場に姿を消した。
誠は何か少年の気に障ることを言ったのかと気にしながら頭を洗った。