第56話 男風呂の先客
「ここが男湯か」
手前に有った女風呂の入り口の派手さに比べると貧弱に見える男風呂の暖簾をくぐり脱衣場へと向かった。
誠も銭湯には行ったことが有るので、脱衣場のムシムシした不快感にロッカーをすぐに見つけて着替えを押し込むと来ているTシャツを脱ぎ始めた。
「でも、大浴場って名前だから町の銭湯よりずっと広いんだろうな。檜のお風呂っていい香りがするって聞いたことがあるから……楽しみだな」
誠は自分自身にそう言い聞かせると、裸にタオル一枚で浴場の引き戸を開いた。
確かに大浴場の名に恥じないそれなりに広い温泉に誠は息をのんだ。女湯より狭いというが町の銭湯しか知らない誠にはヒノキの香り漂う巨大な空間は心湧きたたせるものが有った。
「それにしても今の時間って空いてるんだな。僕以外誰も居ない……他の人達はもうは言っちゃったのかな?」
そう思って湯船から手桶でお湯を頭からかぶって湯に入ろうとした誠の目には人影らしいものは見えなかった。
「こんな風呂を貸し切りなんて……今の時間に来てよかったよ。もし時間がずれて『ヒンヌー教団』と一緒に入浴なんてことになったら最悪だし」
誰も話し相手が居ないというのにお湯につかりながら誠はそう独り言をつぶやいていた。
誠は広い浴場の柱の影を探検する気持ちで移動すると、そこには先客が湯船に浸っていた。
浅黒い肌の小柄な少年だった。かなめが言うには誠達が貸し切りのはずだったこのホテルに誠の知らない少年が泊っていることを誠は不思議におもった。
少年は誠を見ると軽く会釈をした。会釈を返した誠の視線の中、少年は少しのぼせたような顔をしながら天井を仰いでいた。その雰囲気は風呂と言うものにあまり慣れていないようで、長く湯に入りすぎてのぼせているように誠には見えた。
誠は実はこの広さに任せて泳いだり自分の声の反響を楽しんだりして暴れてやろうと思っていたので、気分を変えようととりあえず体を洗おうと洗い場に腰を落ち着かせた。
時折、少年からの視線を浴びながら誠は体を洗った。誠も明らかに湯に漬かりすぎてのぼせてきている少年の事が気になって時々振り返った。
「ここは今日は貸し切りのはずなのに、それを無理を言って子供が一人で入っているなんて……お母さんと一緒に来たのかな。確かこのホテル相当高いからお金持ちの御曹司とかなんだろうな……お湯に入りすぎで出て少し休んだ方が良いよって言いたいけど、脅かしちゃ悪いよな」
誠はそう言いながら身体を終わり、頭から湯を浴びて誠はシャンプーに手を伸ばした。