第51話 ワインと優雅なひと時
「まあ夕日に乾杯という所か」
少し笑顔を作りながらかなめはそう言うとグラスを取った。誠が自分の部屋で直接見た夕陽よりその日差しが柔らく感じられるのは、この部屋を覆うガラスには特殊な加工が施されているのであろうと誠は思っていた。
一私立高校の剣道教師の息子に過ぎない誠は当然、このようなワインを口にしたことは無い。それ以前にワインを口にするのは神前家ではほとんど無かった。父の晩酌に付き合うときは日本酒。友達の少ない誠が数合わせで呼ばれる飲み会ではビールか焼酎が普通だった。
飲む酒のバリエーションが増えたのはかなめに混ぜ物入りの酒を飲まされることが多くなったからだった。それもほとんどがラム酒やウォッカ、ジンと言った蒸留酒のアルコール度の高いものばかりで、かなめは誠がそれに酔いつぶれる様を楽しむためだけに飲ませるのである。
かなめはグラスにワインを注ぐと、その香りを一嗅ぎした後軽く口に含んだ。
「お前らに飲ませてもこいつの良さは分からねえだろうな。うん、悪くない、悪くないな。まあ酒を飲まないカウラには特に分からないだろうが」
グラスを手にかなめが余裕のある表情を浮かべた。そしてそのまま誠達にもワインを飲むように視線を送る。誠は恐る恐るグラスを持ち、その高級ワインを口に含んだ。
正直、誠には苦いと言うこと以外特に感想は無かった。そのことで誠は自分がどこまでも庶民なんだなあと実感して、このワインの味がわかるかなめとの格の違いを痛感した。
「私が酒について分からないのは否定はしないぞ。だが香りはいい。西園寺には感謝しよう。良いものを飲ませてもらった」
誠と同じく恐る恐るワインを飲んだカウラはそう言いながらグラスを置いた。いつもなら酒を口にするときはかなり少しづつ飲む癖のある彼女がもう半分空けているのを見て、誠は自分が口にしているきりりと苦味が走る赤色の液体の魔力に気づいた。
「アンタがお姫様だってことはよくわかったわよ。でも……まあこれって本当に美味しいわね。こんなものを自分専用にキープしてるなんて……少し羨ましいかも」
一方のアメリアといえばもうグラスを空けてかなめの前に差し出した。黙って笑みを浮かべながら、かなめはアメリアのグラスに惜しげもなくワインを注ぐ。
「神前、お前、進まないな。まだ昼間の乗り物酔いの影響が残ってるのか?」
アメリアに続き自分のグラスにもワインを注ぎながらかなめが静かな口調で話しかける。
「実は僕はワインはほとんど飲んだことがないので……高いワインの味なんて分からないですよ。香りが良いのは分かりますけど、そんなに貴重なものなんですか?このワイン」
そう言う誠の正直な感想を聞くとかなめは満足そうに微笑んで見せる。
「そうか。アタシはワインは好きだが、安物は嫌いでね、あれはただのワインの色をした水だ。それなりにアタシの下を満足させるものとなるとアタシでも値段が値段だし、アタシは酒については時と場所を考える
その言葉にアメリアとカウラが顔を見合わせる。
「酒については時と場所を考える質?よくまあそんなことが言えるわね。酒以前に銃は場所も考えずにバカスカぶっ放すくせに」
すでに二杯目を空けようとするアメリアをかなめがにらみつけた。
「人のおごりで飲んどいてその言い草。覚えてろよ」
かなめは怒りに任せてそうつぶやくと上品にワイングラスを口に運んだ。