第49話 『女公爵専用貴賓室』への誘い
やわらかい乳白色の大理石で覆われた廊下を歩く。時折開いた大きな窓からは海に突き出した別館が見える。かなめは先頭に立って歩いている。
「本当にすごいですね。こんな立派な建物に入るの初めてです」
別館に向けて開かれた巨大な窓の外に広がる眺望に誠は息を呑んだ。広がる海。波の白い線、突き出した岬の上の松の枝ぶり。
「アタシは嫌いだね、こんな風景。成金趣味が鼻につくぜ」
先頭を歩くかなめは吐き捨てるようにそう言った。こう言うとっておきの風景を見慣れすぎたこの人にはつまらなく見えるのだろうと誠は思った。
「でも、そのワインってどこにあるんですか?厨房ですか?」
ホテルと言うものとかなめの貴族の生活が理解できない誠は自分でも間抜けだとは思いながらもそう言った。
「オメエなあ……アタシの部屋にある。あそこはアタシ以外立ち入り禁止だ。最近は高級ワインを盗んで売る不届き物も居るからな。このホテルの従業員だって油断ならねえ」
かなめは誠との常識の違いに呆れつつ、そう言って先を急いだ。
「そんなに庶民が信用できないの?そんな態度じゃお父さんが泣くわよ」
冷やかすようにアメリアはそう言った。
「この前も東都の一流ホテルで見習いの料理人がワインを盗んで売ってたのが東都警察に捕まった事件があった。アタシは基本的に他人は信用しないの!」
「ひどいこと言うわね。そう言う割には誠ちゃんには親切ね。気が有るんじゃないの?」
「うるせえ!」
極端な事件の話をしたかなめをアメリアがからかっている。それはいつもの隊でのよくある光景だった。
誠は場違いな場所に来てしまったと思いながらも変わらないかなめ達に安心感を抱いていた。
「しかもそのワインは貰いもんだ。あんまり好きじゃない奴からの贈り物でね。とっとと飲んで消化しちまおうって話だ。アタシの身分を知って近づいてくる奴には碌な奴が居ねえ。特に若い男はそうだ」
甲武四大公筆頭西園寺家の当主。擦り寄ってくる人間の数は万を超えたものになるだろう。擦り寄ってくる相手にどう自分を演じて状況から逃れるのか。それはとても扱いに困るじゃじゃ馬を演じること。かなめはそう結論付けたのかもしれないと誠は考えていた。
そんなことを考えている誠を気にするわけでもなく廊下を突き当たったところにある凝った彫刻で飾られた大きな扉にかなめが手をかざした。