第48話 ワインをいかがとかなめは言った
ただ誠は寂しげに色づいていく部屋の外の景色を眺めていた。
「一人で退屈でしょ。うちの部屋来ない?」
窓の外の景色を一人で眺めていた誠の背後で女性の声が響いた。その声に驚いて誠は思わずベランダの手すりから落ちそうになるところをなんとか態勢を立て直してドアの方を振り返った。
オートロックなはずのドアが開かれ、誠の後ろには当然のように立つアメリアが居た。
「はあ……アメリアさん。なんでこの部屋にいるんですか?この部屋のドアはオートロックで自動的に鍵がかかると思ってたんですけど」
誠はなぜ自分が独りになると言うことを知っているのか不思議に思いながら生返事をする。満足げにアメリアはそれを見つめる。
「このホテルは誰の持ち物だと思ってんだ? ちゃんと持ち主の許可をとれってんだよ!」
闖入者はアメリアだけでは無かった。その後ろにはかなめが怒りの表情を浮かべていた。
「それはここのオーナーの持ち物でしょ?確かにかなめちゃんの家来かもしれないけど……許可を取るならその方になるんじゃないかしら?」
とぼけたようなアメリアの後ろから怒鳴り込んできたかなめにアメリアはとぼけた調子でそう言った。そしてそのまま窓辺に立っている誠の目の前まで来るとしばらく黙り込む。
「あの……西園寺さん?」
誠の言葉を聞いてようやくかなめは何かの決意をしたように誠を見上げてきた。
「その……なんだ。ボルドーの2302年ものがあるんだ。いつも通りカウラとアメリアだけで飲むのはつまらねえからな。良いんだぜ、別に酔うのは車だけで勘弁って思ってるんだったらアタシが全部飲むから。味の分からねえ人造人間に飲ませるほど安物の酒じゃねえからな」
かなめをちらちら見ながらアメリアが揉み手をしながら近づいてくる。それは先ほどのかなめに対する挑発的な態度を翻す、誠から見ても卑屈な態度だった。
「いいワインは独り占めするわけ?ひどいじゃないの!私達にも一口くらい……お願いよ。私も一度はそんな高いワインを飲んでみたいのよ」
もみ手をしながらアメリアがかなめに向けて頭を下げた。。開かれたドアの外ではカウラが困ったような表情で二人を見つめているのがベランダにいる誠からも見える。
「わかりました、今行きますよ。でも本当に良いんですか?僕、ワインの味なんて分かりませんよ」
そう言って誠は窓に背を向けてかなめたちに向けて歩き出した。
「持ち主のアタシが飲ませたいって言うんだから良いんだよ!それと、アメリア!オメエ等はそのおまけだからな!そこんところ自覚しとけよ!」
仕方が無いと言うようにかなめはアメリアに譲歩した。満足そうに頷いているアメリアが突然誠の手を握った。突然のアメリアの行動に誠は思わず声を出しそうになった。
「何やってんだ?オメエは」
タレ目なので威圧してもあまり迫力が無いが、かなめの機嫌を損ねると大変だと誠は慌てて手を離す。いつものように冷ややかなカウラにも冷たい視線で見つめられて廊下に出た誠は沈黙が怖くなり思わず口を開いた。
「でもなんでワインなんですか?西園寺さんと言うと強い酒しか飲まないイメージがあるんですけど」
かなめが愛飲しているのはラム酒である。時々、テキーラやウォッカを飲むらしいと他の隊員達から聞いたことがあるが、誠の中ではアルコール度の低いワインをかなめが好んで飲むイメージが無かった。
「アタシの柄じゃねえって言いてえのか?一応、甲武の殿上貴族ってもんはそのくらいの味は分かるんだよ!それに日暮れ前だ、ラムにはまだ早いってところだ。それにワインは寝かせれば寝かせるほど旨くなるウィスキーと並ぶ不思議な酒だ。酒飲みとしては興味を惹かれるものなんだよ!」
自他とも認める酒飲みであるかなめの言葉に誠も納得するしかなかった。
「バスの中では日も高いと言うのにあんなにラムを飲んでたのに……まだ飲むんですか?」
頭を掻きながらかなめが見つめてくるので、笑みを作った誠はそのまま彼女について広い廊下の中央を進んだ。