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第43話 甲武の『荘園制度』

「見えたぞ!」 

 運転を代わってもらったとたんに飲み始めてかなり酒に酔っている島田がよたよたと起き上がって外を指差す。

 なんとか食道を逆流してくる胃液を押し戻すことに集中していた誠がその先を見ると瀟洒(しょうしゃ)な建物が目に入った。海岸沿いの断崖絶壁の上に、赤いレンガ調の建物は背後の海の青を背景として圧倒的な迫力で誠達の前に現れた。誠がイメージしているビジネスホテルに毛が生えたようなホテルとは違う高級感漂うその姿に誠は痛めた胃の違和感も忘れてその建物を見入った。

「結構、凄いホテルですね。僕がイメージしてたのとはかなりかけ離れた……本当に僕たちなんかが泊っていいんですか?」

 その遠くから見てもわかる荘厳な雰囲気に誠は後ろで平然とラム酒を飲んでいるかなめに尋ねた。誠が想像していたのはテレビでCMをやっているようなコンクリート造りの庶民的な観光ホテルであって、目の前のレンガ造りのそれは誠達が泊るにはあまりに豪華すぎた。 

「そんなのアタシが泊るんだ。こんくらいのホテルでなくてどうするよ。ここはアタシの被官(ひかん)筋が経営してるからな……無理も効くわけだ。このホテルは東和のお金持ちの多くが定宿にしてるホテルで結構儲かってるんだ。そこの売り上げは主君であるアタシの懐に入る。甲武ではそういう仕組みになっている。今回もアタシが泊りたいって言ったらタダで良いって言ってきた。感謝しろよ、アタシに」 

 かなめはそう言って胸を張ってみせる。誠はこんなホテルにタダで泊まれるということが信じられないと同時に、自分がその体質のせいでホテルに泊まったことが無いことを思い出した。

「いつも夏と冬の合宿の旅にかなめちゃんのおかげで宿の心配しなくて済むから感謝してるのよ。別に民宿で雑魚寝って言う方が私の性にはあってるんだけど、たまには最上級のベッドで寝るのも良いものよ。誠ちゃんもそんな機会は滅多にないんだから楽しみなさいな」

 相変わらずバスガイドを気取って立っているアメリアがそう言って笑う。誠は民宿はおろかホテル自体に泊まったことが無いのでアメリアの言っていることがあまり理解できなかった。

「それにしても西園寺さん。『被官』ってなんです?」

 バスの酔いから気を紛らわせようと誠は疑問を口にした。

「甲武国は貴族主義の国だ。偉い貴族には家来がいる。それを甲武では『被官』と呼ぶんだ。被官は主君に所有する財産を上納して庇護を求める。通称『荘園制度』って奴だ。まあ、庶民しかいねえ東和では関係ねえ話だがな」

 ラム酒の酔いの上機嫌からかなめは軽口をたたく調子でそう言った。

「じゃあ、このホテルって西園寺さんの家の所有物なんですか?」

 誠は目の前の豪華なホテルがいつも銃を持ち歩いている女ガンマンの私有物とはとても思えなかった。

「そこが荘園制度の難しいところだ。所有権は確かに被官のものだ。でも、荘園である以上その収益の大半はアタシの手元に入ってくる仕組みになっている。言っとくけど今は親父が西園寺家の家督をアタシに譲っているから、西園寺家の当主はアタシだからな!位階は『正一位』、『官位』は『検非違使別当(けびいしのべっとう)』。官位に着いちゃあ本来『関白太政大臣』に就くのがあるべき姿なんだが、甲武の貴族の正式会議の『殿上会(でんじょうえ)』の許可が出てねえからアタシはまだ関白にはなれねえんだ。関白になったら甲武ではやりたい放題だぜ……良いだろ?」

 得意げにかなめは酔いに耐えている誠に語り掛けてくる。

「西園寺さんがやりたい放題って……甲武国はそれで大丈夫なんですか?かなめさんは無駄遣いばっかりしてるじゃないですか。それこそお父さんの理想の社会なんて甲武には来ませんよ」

 かなめの浪費癖は知っているので誠は甲武国の事を心配してそう言った。

「親父は親父。アタシはアタシ。関白は宰相の任命権を握っている。アタシが関白になったら親父を宰相の地位から引きずりおろしてやる。それでアタシの言うことなら何でも聞く馬鹿な政治家を宰相に据えれば本当にやりたい放題だ」

 かなめの野望に誠はただ呆れ果てていた。

「だから関白になれないんですよ。たぶん甲武国の偉い人もそれがわかってて西園寺さんを関白にしないんですよ」

 誠は調子に乗って暴言を吐くかなめの笑顔を見ながら心から甲武の行く末が心配になった。

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