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第35話 新たなる『問題児』の予感

「その言い方、気になるじゃないですか。隊長も詳しく教えてくれなかったんで……」

 誠はかなめの喉に魚の小骨が引っかかったような言い方が気になった。

「言うよ。……苗字は日野。日野かえで。西園寺家の家風は合わねえから絶家になっていた伯爵家の日野家を継いで家を興した訳。爵位は伯爵、官位は弾正尹(だんじょうのかみ)。気取って『斬弾正』とか名乗ってんだよ。アイツは居合が得意でね。それ以外は……あんま言いたくねえ」

 かなめは吐き捨てるようにそう言った。誠は一人っ子だからわからないが、なぜかかなめの表情が急に曇ったことを不思議に思いながら島田達の騒動をただ眺めていた。

「西園寺さんの妹ですよね。なんでそんな嫌うんですか?西園寺さんは隠し事が苦手ですから嫌いだってのが見え見えですよ」

 誠はサイボーグで女王様気質のかなめの妹の姿を想像しようとした。

 かなめの頭の先からつま先までじっと眺めるが、どうにも彼女の妹の姿は想像がつかない。

「日野少佐はここに西園寺が配属になるって聞いた時から転属願いを所属する甲武海軍上層部に出してたからな。確かもうすでに甲武海軍の許可も下りてもうすでにこの豊川市に来ているはずだぞ……私もこの前隊長に案内されて小隊長同士と言うことで会ったが……本当に妹なのか?弟の間違いじゃないのか?」

 いぶかしげにかなめの顔を眺めるカウラを見て、誠は意味も分からず呆然と立ち尽くしていた。

「アタシが前見たときは妹だった。今のところ弟になったという報告は無いから妹だな。それにアイツは男もいける口だから性転換手術をするとは思えねえ……だから妹だろう」

「男もいける口?」

 再び誠の疑問形に火が付く形となった。

「かえでちゃんの話?」

 三人で話しているところに、ちょうどアメリアが通りかかる

「ええ、西園寺さんの妹の話なんですけど……アメリアさん知ってます?」

 誠の問いにアメリアは少し戸惑ったような顔をした。

「一応……私は部長級だから、カウラと一緒に隊長が設けた席で会ったわよ。あれよ、男装が好きだから変な風に言われるだけで、それほど変わった人じゃないわよ。まあ大正ロマン風に『少女歌劇』の男役って感じよね。本当に凛々しくてたくましくて……私も見てて一目ぼれしちゃうくらい。ああ、私にその気は無いから安心していいわよ、誠ちゃん」

「男装!?保守的な甲武国でそんなの許されるんですか?」

 アメリアがあっさり言ってのけるが、『大正ロマンあふれる国』の甲武国で『男装』をしていることの意味を察して誠は叫んでいた。

「甲武国の貴族はそれこそ何をしても許されるのよ。いいじゃないの。『男装の麗人』なんて、絵になるわよ。かなめちゃんと違ってたれ目じゃないし。髪を金髪に染めているところなんて少女漫画の主人公があこがれるエリート軍人みたい。まあ本当にエリートなんだけど」

 まるでかえでに惚れているかのような表情でアメリアはそう言った。

「うるせえ!アイツの話はするな!思い出すだけで身の毛がよだつ!あいつにかけられた苦労はオメエ等にはいくら言っても分からねえだろうな!アイツが近寄って来るのを想像するとそれだけで面倒が起きそうでおっかなくてならねえ!それにアイツの『マリア・テレジア計画』についてオメエ等が知ったら……」

 かなめはそこまで言って自分の口が滑ったことに気が付いて押し黙った。

「『マリア・テレジア計画』ってなんです?」

 歴史知識ゼロの誠は純粋に好奇心からかなめに尋ねた。

「17世紀のヨーロッパにマリア・テレジアと言う政治家がいた。そいつは自分が産んだ娘を多くの国の王室に嫁がせることで自分の国オーストリアの利権の拡大を狙ったんだ。それと同じことをかえではやろうとしている」

 かなめは苦々しげにそう言うと禁煙所でもないのにタバコに火をつけて吸い始めた。

「でもその為には結婚しないといけないですよね。かえでさんってもう結婚して子供もいるんですか?」

 間の抜けた誠の質問にかなめはあきれ果てて言葉がないというように天を見上げた後話を続けた。

「アイツが狙うのは既婚の高級貴族の若い奥方だ。社交界とかに顔を出しては旦那に内緒で誘惑して手練手管で自分に惚れさせる」

「女同士でですか?しかも不倫ですよね、それって」

 誠はかなめの言い出したことの突拍子の無さに呆れ果てて大きくため息をついた。

「そうだ、そこで自分のクローンを惚れた女に孕ませる。これまでに24人孕ませたそうだ……アイツの手の早さは病気だな」

 とんでもない事実をかなめは口にした。

「24人……どんなにしたらそんな数の女性に惚れられるんですか?」

 二股三股くらいなら誠も聞いたことがあるがその数が24人となると誠の頭の中はこんがらがってきた。同時に彼女一人で来たことが無い誠にはかえでに彼女の作り方を教えてもらいたくなった。

「その自分に惚れた高級貴族の女に産ませた自分のクローンの娘に自分の理想とする思想を植え付けて甲武を親父の理想の国にする。それが『マリア・テレジア計画』とかえでが名付けた作戦の全貌だ……作戦と言うか……ただの風紀の乱れにしか見えねえけどな、アタシには」

 かなめが珍しくまともな感想を言うので誠はそれにも驚かされた。

「でもそんなこと甲武で問題にならなかったんですか?」

「最初は上手いこと行ってた。だが、生まれた娘を自分の子供だと信じてた馬鹿な貴族の旦那達の中にとりわけ疑り深いのが一人いたんだ。そいつが生まれた子供にDNA鑑定をしたらかえでのDNAと完全に一致した。それですべてがバレたんだ。結果、かえでは海軍上層部に呼び出されて詰問を受けた。それはそれは得意げに自分の行った所業をペラペラ話したらしいわ。甲武の貴族の妊娠中絶は違法だからな。だからいずれその24人が全員産まれてくる。しかもその全員がその家の嫡子だ。かえでによる名門乗っ取り計画は一応の成功を見たわけだ」

 あまりのかえでの狡猾な作戦に誠は言葉が無かった。

「でも同じ顔が24人もいるの?ラスト・バタリオンだって遺伝子いじって顔には差をつけてるのに」

 アメリアは先ほどかえでに惚れかけた自分がその毒牙にかかるかもしれないと少しおびえた表情でそう言った。

「オメエの糸目はその結果か?確かに個性的だな、オメエの顔は」

 かなめはアメリアの糸目をからかうがアメリアは胸を張って言い返す。

「これは整形。本当は目はパッチリだったの。でもそれじゃあ笑いが取れないから東和に来た時に整形したのよ」

「無意味なことをするなあ……理解不能だ」

 かなめが勝ち誇ったような態度のアメリアに膝カックンを仕掛ける。長身のアメリアはあっさり引っかかってそのままずっこけた。

「まあ……うちは『特殊な部隊』だからな。第二小隊も当然メンバーは特殊になるだろう。バイセクシャルの男装の麗人くらいかわいいものじゃないか」

 カウラはそう言って苦笑いを浮かべた。

 第一小隊の小隊長として誠達『特殊な』部隊員を預かっている彼女の苦労を察して誠は愛想笑いを浮かべるしかなかった。

「じゃあ荷物を積み込むぞ!」

 かなめはそう言って手にした重そうなバッグをバスのトランクを開けて放り込んだ。


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