第33話 借りてきたバスに乗って
「良い天気!」
ハンガーの前で両手を横に広げて部隊の唯一の医務室勤務の看護師神前ひよこ軍曹が青い空を見上げた。彼女と言うとおり合宿への出発の日は晴天だった。
「ひよこちゃん!そこにバス停めるからどいてね!」
紺色の髪をなびかせいつものようにどこで買ったかわからない仏像がプリントされたTシャツを着ているアメリアがそう叫んだ。その声に驚いたひよこは飛びのくようにして向かってくるバスの車線から飛びのいた。
「班長!そのまま!ハンドル切らずにまっすぐで!そのまままっすぐでお願いします!」
そう叫んでいるのは青いTシャツを着た整備班の最年少の西高志だった。いつもこう言うときに気を利かせる彼の機転に誠は感心しながらその後姿を眺めていた。
「西!もっとでかい声出せよ!真っ直ぐで良いんだな!本当にそれでいいんだな!」
サングラスをかけてバスの運転席から顔を出しているのは島田だった。電気式の大型車らしく静かに西の誘導でバックを続けている。
「随分本格的ですねえ……レンタルしたんですか?その金は……良いです。後ろ暗い金の話は忘れましょう」
エメラルドグリーンの髪に合わせたような緑色のキャミソール姿のカウラに誠は声をかけた。
「野球部専用の移動用のバスなんて備品には出来る値段じゃないだろ?去年は三台バスを借り切ったが、今年は一台で済んだな」
あっさりとそう言うカウラの横顔を見つめて目を見開いて誠は驚いた。
「去年は三台も借りたんですか?それってほとんど隊が空っぽになるんじゃないですか!聞いた話では去年はまだ発足間もなくて準備段階で今より人数も少なかったって話ですし……」
誠は驚いて見せるがかなめもカウラも当然と言うような顔をしていた。
「まあ、うちは当時クバルカ中佐によるランニングメニューをこなすためだけに存在する部隊だった」
カウラの言葉に誠は言葉を失った。
「それだけじゃねえ!銃の訓練も立派な仕事だ」
いつも走らされてばかりいる誠の愚痴にかなめはそうツッコミを入れた。
「うちは年中すること無いけど」
「そんなこと自慢になるか」
アメリアとカウラはそんなことを話していた。
天気のように『特殊な部隊』の面々は能天気だった。
「遅れてごめんなさいね……って皆さん何を話してたのかしら?」
ちょうどそこに現れたのは月島屋の女将、家村春子と娘の小夏だった。春子は浴衣姿、小夏はノースリーブ。二人とも夏にふさわしい服装だった。
「いや、去年の夏にうちが空になっても誰も困らなかったって話。ああ、その頃でしたっけ、月島屋がオープンしたのは」
アメリアが強い日差しを気にしながら、日傘を持った春子のそばまで歩いていく。
「そうね……ちょっとした事情があって店を東都から移転したのよ。そしたらここの皆さんが常連になっていただいて……本当にありがとうございます」
なぜ客の多そうな東都からこんな田舎の豊川に移転したのか誠は不思議に思いながら春子の言葉を聞いていた。
「でも、良い店ができたからって誘ったのは……叔父貴だったっけ?」
かなめは思い出したかのようにそう言った。
「そうだったの……新さんには後でお礼を言っておかないと」
そう言って春子は隊舎の隊長室のある付近を見上げた。
「よく、隊長にあの店で飲む金がありましたね。小遣い三万円なのに」
誠は意外な月島屋の発見者を聞いて驚いてそう言った。
「叔父貴にはオートレースが有るからな。勝った時もあったんだろ」
かなめは特に関心が無いと言うようにあっさりとそう言った。その割には自分のボトルまで持ち込んで月島屋には一番お世話になっているのではないかと誠は問い詰めようと思ってやめた。かなめが相変わらず着ているタンクトップの上に付けているホルスターに入っている銃がその原因だった。