第21話 相変わらずの『下僕』扱い
「本当に……いいんですか?後で今回出した報告書の矛盾がマスコミに指摘されたら大スキャンダルですよ」
誠は部隊長、嵯峨惟基の姪に当たるかなめに目を向けた。
「いいんだよ、それが軍事警察ってもんだ。政治家連中向けのヤバい案件とか、表に出したらマスコミの集中砲火を浴びることが確実な案件を秘密裏にこなすのもアタシ等の仕事だ。それに今回の『法術』の存在とその公表は政治問題だ。一兵卒の関知するところじゃねえだろ?全責任は司法局実働部隊長の叔父貴が取るって言ってるんだから……安心しろよ」
そう言って笑うかなめを見ながら、誠はしょうがないというように目の前のモニターの電源を落とした。
「それより、神前。オメエはアタシの『下僕』だよな」
女王様気質で遼州内惑星系第二惑星を構成する『大正ロマンあふれる国』、甲武国の名家の当主でもあるかなめは、いつも誠を『下僕』と呼んだ。
甲武国の宰相令嬢であり、直接確認はしてはいないものの自身も高位の貴族らしい彼女にとって、この東和共和国の庶民の出である誠は『下々の出』の当たり前の青年にすぎなかった。
「いい加減『下僕』扱いはやめてくれませんか?一応、東和市民なんで」
誠はそう言って反論するが、かなめは脇に吊るしたホルスターの中の愛銃『スプリングフィールドXDM40』を撫でながらにこにこと笑っている。
「そんなこと関係ねえんだよ!オメエは気に入ったからアタシの『下僕』にしたんだ!光栄だろ?甲武の貴族主義者の士族の連中なら飛び上がって喜ぶぞ」
かなめは誠の意思とは関係なく笑っている。
「僕は……嫌です。それより、何か用があるんじゃないですか?」
そう言って誠は『下僕』の話題から離れようとした。
「飲みに行くぞ」
かなめと言えば酒だった。誠はかなめの予想通りの言葉に半分呆れながら目の前の端末の電源を落とした。
「飲み会ですか?先週も行ったじゃないですか……」
酒は誠も嫌いではないがいくらその金がランのツケで出るからと言って毎週のように飲みに行くかなめの神経には半分呆れていた。それと同時に、ランが払ういつも飲みに行く『月島屋』のツケがどれだけ溜まっているかを考えると少し不安になった。
「週に一度は飲む。それがここでのしきたりだ」
エメラルドグリーンのポニーテールが似合う長身の女性のカウラは、全く酒が飲めないくせに飲み会の雰囲気が好きなタイプだった。
「そんなもん、今度の海に行くことについて話し合うに決まってんだろ!今回はアタシとカウラ、それにアメリアだけだ。島田達やサラ達はなんでもカラオケに行くらしいからな。アタシ等が遊びに行かなくてどうするんだよ!」
上機嫌のかなめはたれ目を光らせながら、意味の分からない理屈をこねる。
誠はかなめに逆らうといつも彼女の愛銃の銃口を向けられるので、ここは黙って頷いた。
「分かりました……でも、今日は僕は寮から原付で来てるんで……」
明日の通勤の足を考えると飲みに行くのは若干不安な誠だった。
「大丈夫だ。貴様は私の『スカイラインGTR』で送ってやる。明日の朝は寮長の島田のバイクの後ろに乗ってくればいい。決まりだな」
なんとか言い逃れをしようとした誠だが、カウラは笑顔で誠の逃げ道を封じた。
「ふう……」
いつものように誠は女性上司達の気まぐれに付き合わされる。自分が彼女達の色気に騙されていることは十分承知だが、久しく彼女のいない誠はただ苦笑いを浮かべてそれに付き合うより他の道を知らなかった。
「じゃあ、着替えてきますんで」
それだけ言って誠は機動部隊詰め所を後にした。