第20話 出鱈目な報告書
夕方。終業時間を迎えた誠は、まだ提出が終わっていない前回の出動のレポートの手を止めて伸びをした。
「神前!あがっていいぞ。アタシも今日は帰るわ『今日できることは明日やる』それがあたしの信条だ」
機動部隊長の大きな机に座っているちっちゃな幼女、『偉大なる中佐殿』と隊では呼ばれているクバルカ・ラン中佐がそう言いながら立ち上がった。
「『近藤事件』の報告書……出さなくていいんですか?もう例の事件から一か月になりますけど……」
そう言って再びキーボードに手を伸ばそうとする誠だった。
しかし、誠が不意に向けた視線の先に、小隊長カウラ・ベルガー大尉は珍しく柔らかい笑みを浮かべているのが見えた。
「いいんだ、このところの報道を見てみろ。『法術』と言う超能力が遼州人に備わっているということで大混乱だ。遼州同盟は隊長経由で今回の貴様の法術発動を知っていたが、同盟加盟国や地球圏などは我々と接触を取りたくて仕方がないらしい……そんなところに『法術師』の存在を知っててそれを生かした戦術で勝利しましたなんて報告書を提出してみろ。司法局上層部の連中もこれ以上仕事が増えるのは嫌なんだ。事態が落ち着いてからゆっくり見せてやるのが筋ってもんだろ?」
そう言うランの言葉を聞いて誠はランが自分の仕事をしない理由をこねくり回しているだけのような気がしていた。
「でも、それならなおのこと僕の報告書が必要なんじゃないですか!」
ランの言葉に今一つ納得できない誠はそう反論した。
「そんなことは分かってんだよ、叔父貴も。一般には公表されることの無い正規の報告書はすでに叔父貴が代筆して提出済みだ。オメエのは内部的な書類として処理されるだけ。いつまでだっていいんだよ、そんなの」
カウラの正面に座っている西園寺かなめ大尉はそう言って薄ら笑いを浮かべていた。
「そんな!嘘と出鱈目だらけの報告書ってアリですか!公文書偽造じゃないですか!世間に顔向けができませんよ!僕は嫌ですよ!そんなの!」
元々理系脳で語彙力の少ない誠は『公文書偽造』などと言う難しい言葉を無理して使って今の矛盾した隊の状態を表現した。
「公文書偽造はしていない。ただ内容が事実と異なるだけだ」
社会的な常識に疎い誠が使い慣れない『公文書偽造』と言う言葉を間違って使っていることをカウラが訂正した。
それでも誠の自筆の報告書として上層部に出された報告書の内容を誠が知らなければ後々大問題になることくらい誠にも分かった。
うろたえている誠の隣まで来た帰り支度のランはほほ笑みながら彼の肩を叩いた。
「心配すんじゃねーよ。オメーは所詮下士官の下っ端だからな。アタシ等が全責任を負うって言ってんだから、気にすんな。偉い連中もそれで良いって言ってるんだ。面倒な仕事が後に伸びるって話だからな。今日できることは明日やるって
『永遠の八歳女児』と言えるちっちゃな顔に笑みを浮かべるとランは部屋を出て行った。
「なんだか、納得できないな……やらなきゃいけないことは早くやった方が良いのに」
まだ社会人になって二年しかたっていない誠にはそんなランの『腹芸』を理解することはできなかった。