第16話 とりあえず気が向いた誠は
「よし、飯も食ったし。オイ!午後の作業始めんぞ!」
まだ昼休みは終わっていないと言うのに、車の完成とそれがもたらす金に目のくらんだ島田は思い思いに休んでいた部下達に声をかけた。島田と同じく金に目のくらんだ部下達はそのまま立ち上がって、画面に『デ・トマソ・パンテーラ』の完成写真が映し出されたパソコンに向けて歩き出した。
「それじゃあ、お邪魔みたいなんで失礼します」
誠はまだ仕事に戻るつもりは無いので、そう言って島田にあいさつした。
「おう、邪魔だ。失礼しろ!とっととこの車を完成させてまたあの金持ちに売りつけてやるんだ!今度の金でグラウンドに観客席でも作るか?パートのおばちゃん達も喜ぶぞ」
島田の声に送り出されて誠は島田達の居た倉庫を後にした。
「島田先輩も管理部には顔を出せって言ってたことだし……行くか。まだお昼休みはに十分残ってるからな。あの菰田先輩も休み時間にはのんびりしてるから大丈夫だろ」
誠はそう自分に言い聞かせて、隊舎の本館の階段を上った。
『駄目人間』である部隊長嵯峨惟基の巣窟の隣の資料室の横が誠が足を踏み入れたことが無い管理部の部屋だった。
扉を開こうとした誠だったが、自然に扉が開いた。
「なんだ、神前か」
そう言ったのは誠がこの部隊で一番会いたくない男、管理部部長代理菰田邦弘曹長だった。
「菰田先輩はお昼は済ませたんですか?やっぱり仕出しのお弁当ですか?」
誠は引きつった笑みを浮かべながら、苦手な先輩にとりあえずの挨拶をした。
「島田の馬鹿の趣味で選んだ弁当屋の弁当なんか食えるか!カップ麺だ!そっちの方がよっぽどマシだ」
犬猿の仲の島田の話題が出たことに明らかに怒りの表情を浮かべた菰田はそれだけ言うと誠を押しのけて廊下をトイレの方に歩いていった。
「カップ麺の方が体に悪そうなのになあ。あの弁当、結構おいしいし。瘦せ我慢もいい加減にすればいいのに」
誠は心の底からそう思いながら菰田の開けた管理部の扉の中に入った。
そこはパソコンが並ぶまさに『管理部門』と言った部屋だった。ただ、島田が言う『パートのおばちゃん達』の姿はそこには無かった。
「ここのパートのおばちゃん達はお昼はどうしてるのかな……この部屋で間違いないはずだよな……生協の食堂?あそこだったらうちで頼んでる弁当の方が安いもんな。それにおばちゃん達の習性としてお弁当を持ってくると考えた方が自然だ。僕の母さんも外に出かける時は必ずお弁当を用意してくれていたからな」
そう言いながら机の間をすり抜けて奥に向かう誠の耳におばちゃんらしい明るい笑い声が響いてきた。
「確かにここにいるんだな。でも……」
声はすれども姿は見えず。その状況に戸惑いながら誠は部屋の中を見回した。確かにこの部屋の中にパートのおばちゃん達が居ることだけは声から判断できるのだが、どこにいるのか一向に分からない。
そんな部屋の隅々まで見まわしていた誠は部屋の奥にカーテンで仕切られた小部屋に向かう入り口を見つけた。
「たぶんあの中だな」
覚悟を決めた誠はそのカーテンの向こう側に足を向けた。