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第14話 パートの『白石さん』

「そう言えばオメエさあ、管理部に顔出したことあんの?」

 島田はヤンキーらしい集中力の切れ方で話を全く別のほうに振った。

「いいえ……でもあそこは行く必要がないって島田先輩が言ってた……」

 そんな誠の言い訳する様を見て島田は大きなため息をついてタバコの煙を吐いた。

「そんな人のせいにすんなよ。確かにあそこは菰田の馬鹿野郎が部長代理を務めていて俺もアイツに会うのはうんざりだけど……あそこのパートのおばちゃん達。結構いい人ばっかりだから顔位出しておいた方が良いぞ」

 吸い終わったタバコをいつものように『マックスコーヒー』の空き缶にねじ込みながら島田はそう言った。

「隊に入って初日に『あそこには近づかない方が良い』って言ったのは島田先輩じゃないですか。だから僕はあそこには近づかないで来たんですよ……それを今更……」

 誠は自分の言葉に責任を持たない島田にあきれながら言い訳を続けた。

「そうなんだけどさあ。あそこのパートのおばちゃん達は良い人だから顔ぐらい見せておいた方が後々良いことがあるなあって、俺なりに気を使ってやってるの。野球の試合の時は子供を連れて応援に来てくれるんだぜ。特にパートリーダーで一番の古株の白石さんには俺達技術部もお世話になってるんだ」

 島田は珍しく気を利かせた調子でつぶやく。

「技術部がお世話になってる?どんな人なんですか?白石さんって」

 それほどまでに島田が気を使う『白石さん』と言う存在に誠は興味を引かれた。

 島田は吸い足りないというように二本目のタバコをくわえると静かに火をつけた。

「この工場にはもう四十年も務めてる大ベテランだ。元々、この工場の経理課で長年パートをしていたんだが、工場に顔が効く便利な人が欲しいって隊長がここの工場長に掛け合ったら白石さんを紹介してくれてね」

 人を強引に引っ張りこむことに関しては隊長の嵯峨には定評があった。その犠牲者の一人が他でもない誠自身である。

「この工場の経理課?そんな使える人ならこの工場だってそう簡単に手放さないんじゃないですか?」

 島田の調子から相当優秀なパート職員である白石さんを簡単に工場が手放すはずが無いと誠は思った。

「隊長とここの工場長は馬が合うんだ。それに知ってるだろ?ここの工場は菱川重工本社で閉鎖が検討されているくらい運営が厳しいんだ。長く勤めてそれだけ時給が上がってるパート職員より新規のパートを最低賃金で雇った方が経費節減になるんだ。だからあっちでも一年契約のパートの中で一番時給が高かった白石さんが切られたんだ。社会は厳しいなあ……覚えておけよ、神前」

 確かにランが言う所の『終わった工場』と呼ばれていて、部隊の敷地以外にも空き地の目立つこの工場の経営が厳しいことは誠も感じていた。

「でも白石さんは本当に頼りになる人なんだぜ。この車の部品はここの工場で作ってもらってるんだが、それができるのも白石さんの口添えが有ったからなんだ。いきなり居候が『部品ください』って言って作ってくれるほど世の中甘くないからな。この工場の隅々まで知り尽くしていて、社員のほとんどの顔を覚えている白石さんがいてこそうちの部隊の運営は上手く行ってるんだ。分かったか?」

 島田はそう言いながら旨そうにタバコをふかした。

「じゃあ、菰田曹長が居ない時に顔を出しときますね」

「そうした方が良い。他のパートさんも採用の際に白石さんが面接に立ち会った良い人ぞろいだから。早めに顔出しとけよ」

 そう言って笑う島田だが、誠も島田も大嫌いな菰田の名を口にしたことで少し嫌な気分になっていた。


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