第12話 『貴族のたしなみ』と敗北者
「野球部の連中は全員強制参加だ。誰も好き好んで西園寺さんの射撃の的にはなりたくねえからな。でも実はその西園寺さん自身が今回の参加者の少なさの原因なんだ」
困ったような表情を浮かべて島田は意外なことを口走った。銃をこよなく愛するかなめが整備班の隊員を銃で撃って回ったのかと誠は初めはそう思ったが、そんな話は聞いたことが無かったので、とりあえず島田の話の続きを聞くことにした。
「西園寺さんが原因?西園寺さんが何をしたんですか?誰か射殺したって話は聞いてませんが。それにあの人は銃を持ち歩くときはマガジンを外してますよ。弾が無かったらけが人が出るとは考えにくいんですが……」
隊でいつも顔を合わせているのに今更かなめが怖いから合宿に行きたくないと言い出す技術部員がいるとは誠には思えなかったし、その独特のたれ目のある美女でナイスバディのかなめを敢えて整備班員達が避けるとは思わない。島田の説明をもう少し聞こうと誠は思った。
「銃は関係ねえんだ。それと西園寺さんは畏怖の対象ではあるが、整備班では嫌われているわけじゃねえ。、問題は全く別の話なんだ」
かなめが整備班では嫌われていないことになぜか安心する誠だった。そんな誠を見てうっすら笑いを口元に浮かべた島田は話を続けた。
「西園寺さんにはおそらくオメエのまだ知らねえ趣味が有るんだ。どちらかと言うとカウラさんの趣味と似たような趣味が西園寺さんにもあんだ」
島田の言うことを誠は理解するのに時間がかかった。カウラと言えばパチンコ命のギャンブル依存症患者である。それと同じ趣味となるとギャンブル関係と言う話になる。
「カウラさんの趣味?西園寺さんもパチンコをするんですか?でも、西園寺さんはカウラさんのパチンコ中毒を馬鹿にしていますよ。まさかそんな……」
ランに言われて土曜日だけにパチンコに行くことが許可されているカウラがそれに負けて月曜日しょげて仕事をしている様をかなめが笑いものにしている様子は誠も何度も目撃していた。かなめがギャンブルをやるところは誠には想像がつかなかった。
「あのなあ……ギャンブルはパチンコだけじゃねえだろ?」
島田はギャンブルと言うとカウラとパチンコしか思いつかない誠を軽蔑するように見つめると話を続けた。
「競馬だよ競馬。西園寺さんに言わせれば『地球のイギリスでは女王が身に来るほど高貴な趣味』なんだそうだ」
かなめの趣味が競馬。確かに今の季節には誠も知っているようなレースは無かったので知る機会が無かったのだろう。しかし、甲武の最高位の貴族で金に困らないかなめがなぜギャンブルにはまるのか誠には理解できなかった。
「隊長みたいに生活の為にギャンブルやってるのとはまるで別次元なんだ。あの人も甲武国一のお姫様だもん。金はいくらでも有り余ってるから競馬くらいするわな。あの人はお姫様だからな。勝とうが負けようが金の面では痛くもかゆくもねえだから相当な額を突っ込んでる……聞いた話じゃかなり負けが込んでるらしい。普通レベルの金持ちだったら首を括るくらいの金額負けてるみたいだぞ」
吐き捨てるようにそう言うと島田は食後のタバコに火をつけた。確か、聞いた話ではかなめの吸っているタバコは細い葉巻で一本千円はくだらないらしい。そんなことから考えて、かなめが金が欲しくてギャンブルに走るタイプでないことは誠にも理解できた。多少の負けくらい、かなめの場合機嫌が悪くなる程度のものなのだろう。
「西園寺さんは競馬をするんですか……イメージわかないなあ。でもそれと技術部の参加者が少ないのが関係あるんですか?」
かなめはいつも単独行動をするところがある。ほとんど私生活で他の隊員達と交流しようとしない。かなめがなぜ今回合宿に不参加を表明している整備班員達と接点を持ったのか、誠にはその点が気になった。
「神前。オメエも知ってるだろ?あの人の強引さは。おかげでオメエはうちに残ったんだから。あの人は自分勝手だから自分が良いと思ったら人に勧めて一歩も引かねえんだ。それで今回の事態が発生したんだ」
かつて除隊を決意した誠を強引に連れ戻した強情なかなめの行動様式を思い出して誠は苦笑いを浮かべた。確かに自己中心的で、自分が思ったら誰であろうと巻き込むようなところがかなめにはある。誠にもそれは理解できた。
「西園寺さんが言うには『今回のGⅡのアタシの予想は確実だ!GⅠじゃねえから疫病神のアイツも来ねえ!絶対勝てる!』って技術部員の金に困ってる連中に声をかけて回ったんだ。あの西園寺さんが『絶対来る』って言うんだぞ……怖くてついていかないわけにはいかないだろ?しかも、西園寺さんはオッズが動く位の大金をつぎ込むんだ。連れていかれた全員は持ってた有り金全部そのレースに突っ込む羽目になった」
誠はいつも銃を片手に人に銃口を向けることをためらわないかなめにそんなことを言われた技術部員に同情した。
「それで負けたんですね……付き合った人も災難だなあ」
結論は最初から分かっていた。島田を筆頭とする整備班員はほぼ全員が金遣いが荒い。当然金を持ってる隊員など数えるほどしかいない。そうなると整備班員のほぼ全員がかなめに拉致同然に競馬場に連れていかれて有り金全部失ったということは容易に想像がついた。
「あの人の運の悪さはGⅠの度に負けて帰ってくるときに行く西園寺さん『唯一のお友達』のせいじゃ無かったんだ。当然、レースは大荒れで西園寺さんが間違いないって言った本命が落馬で失格してすべてがパー。西園寺さんに脅されて有り金前部突っ込んだ連中はサラ金に金借りて生活費をあがなっている有様だ」
自分では金を貸さず、サラ金を頼れと言うあたりがいかにもかなめらしかった。
「ひどい話ですね。西園寺さんらしいと言ってしまえばそれまでですが」
誠できる最大の慰めはそんな言葉を口にすることくらいだった。
「ひどい話だがうちではよくある話だ。それにしてもオメエが声をかけられなかったとは……不思議だな」
「確かにそうですね。僕はギャンブルはしない主義なので。その点についてはカウラさんもかなめさんも理解してもらっています」
誠は目の前に二人もギャンブル狂の女性上司が座ってる事実を知って驚愕した。
「そうだな。どっちかと言うとオメエはちまちま貯金するタイプだもんな。顔に出てるよ、『僕はギャンブルはしません』って」
かなめの悪行の内容と島田に自分の本質を突かれて誠にできることは照れ笑いを浮かべることくらいだった。