バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

第11話 島田と『すぷりっとふぃんがーふぁすとぼーる』

「そう言えば島田先輩も野球部なんですよね」

 これ以上は金にまつわる汚い話は聞きたくない。そう思った誠はあえて話題を変えた。

「決まってんだろ!遼州司法局実働部隊野球部の投打に活躍する『スーパーヒーロー』が俺様だ!投げるのだって球速だけだったら、肩を壊したことのあるテメエの比じゃねえぞ!まあ、元々野球経験は無かったが運動神経はバイクで鍛えてたからな」

 島田も今度は後ろ暗いことの無い話題になったと喜ぶようにそう言った。確かに初対面の時上半身裸だった島田の上半身はまさに『鋼の筋肉』に覆われた鍛え上げられたものだった。誠はそのことから島田が体を鍛えたのはスポーツによるものだと思ってこう言った。

「野球経験がないって学生時代はなんのスポーツをしてたんですか?想像がつかないんですけど。あんな筋肉どんなスポーツしてたら付くんですか?バスケですか?バレーですか?でも首回りも太いから……もしかしてアメフト?」

 誠は島田に似合いそうな思いつくスポーツの競技名を挙げてみた。だがどれもしっくりしない。誠からは島田の学生生活は想像がつかなかった。

「学生時代は帰宅部。いや、『喧嘩部』だな。それこそ隣の学校にスカシた野郎がいると聞くとすぐに飛んでって喧嘩を売って勝つ!まあ高校時代までは授業も出ずにバイクと喧嘩以外したこと無かったな。スポーツなんて根性論の先公の手先になってしごきに耐えるんだろ?やってられるかよ、そんなの。この身体は喧嘩に勝つために自己流の筋トレで鍛えあげた。喧嘩に勝つにはまず力だ。そのための努力は俺は惜しまねえ」
 
 誠は島田が根っからのヤンキーであることを考えれば容易に想像可能な学生生活を想像しながら食べ終えた弁当を床に置いた。

「うちの野球部の投打に活躍ってことはエースだったんですね、島田先輩。でも良いんですか?僕にエースを譲っても。島田先輩目立つの好きじゃないですか?サラさんとか何か言ってませんか?」

 自己顕示欲の塊の島田が素直にエースを誠に譲る。『バカップル』の片割れである運航部の能天気娘として知られる島田の『彼女』のサラ・グリファン中尉の前で良い格好ができなくなることに島田が異議を唱えなかったことを誠は不思議に思った。

「俺は球速には自信があるがコントロールがな……ファーボールが多すぎるって、サードを守ってるアメリアさんが文句垂れてくるんだ。それがうるさくってまあ……。それに俺、球種もストレートしか投げられねえからな。オメエは『都立の星』とか呼ばれてたんだろ?教えてくれよ、変化球の投げ方。そしたら俺がオメエの代わりにエースやるから」

 確かに野球未経験でまっすぐに進むことしか考えない島田ならストレートしか投げられないことは納得がいった。アメリアならファーボールで自滅するタイプの島田に平気で文句も言えるだろうことも容易に想像がついた。

「教えても良いですけど。合宿に行ったとき教えましょうか?要はボールの握り方の話ですから簡単ですよ」

 誠は変化球には自信が有ったのでそう言ってみたが、それを聞いた途端島田の目の色が変わった。

「そりゃあ良い!『すぷりっとふぃんがーふぁすとぼーる』とか言うのがあるらしいんだがそれの投げ方を教えてくれ。かっこいいじゃん!『今の球はすぷりっとふぃんがーふぁすとぼーるですね』って解説されるの……なんか憧れるじゃん」

 頭の中に筋肉が詰まっている男島田にとっては、変化球の名前の方がその効果より重要な話のようだと誠は思った。

「なんでこの人は普通に『カーブ』とか『フォーク』とか言わないのかな……分かりました!僕の持ち球じゃありませんけど投げ方は知ってますから教えます!」

 誠はいきなり野球初心者が知らない変化球名を島田が知っているのを不思議に思いながらそう答えた。

「それとアメリアさんが今回の合宿に技術部の参加が少ないって言ってましたけど……何か理由が有るんですか?」

 誠は先ほどアメリアが困った顔をしていたのを思い出してそう言った。そう言った途端、島田の表情はどんよりと曇った。

「何か悪いこと言いました?僕」
 
 落ち込んだ様子の島田を気遣いつつ、島田が語るだろう参加者の少ない原因を想像すると誠もまた暗い気持ちになった。

しおり