第9話 島田の悪行の始まり
「まあいいわな。俺の『私的流用』ってことにしといても結構だぜ。まあ俺の技術の師匠にあたる人が車を作るのが技術の維持に一番いいって言うんだ。それでいつも車を作ってる。パイクはちょっと構造が単純すぎるらしい」
バイクをこよなく愛する島田としては車よりバイクの方が作りたいのだろう。明らかに島田はバイクと言う言葉に力を込めてそう言った。
「はあ……だから車を作ってるんですか」
おつむの程度が鶏並みの島田に『私的流用』をするなどと言う知恵が自然に生まれるわけは無かった。恐らく島田の技術の師匠にあたる人がこの島田に犯罪行為をするように仕向けていると誠は思った。
「そういうことで、まず最初に作ったのはうちの運用艦の操舵手をしているいつもガム噛んでるねーちゃんが頼んできた『カローラレビントレノ』、形式名『ÄE86』だ。これも20世紀の日本が誇る伝説の名車だ生産台数はそれほどでもないがのちにリバイバル版が作られたほどの人気車だ」
運航部のアメリアの隣の席に座っている灰色の髪を長くのばして、勤務中でもいつもガムを噛んでいるその女性隊員のことを思い出した。そして彼女が白と黒のツートンカラーの旧車に乗っていることは誠も覚えていた。
『アイツは『走り屋』なんだ。特に峠下り、この県にはそんな峠はあまりないが野州県の北まで行くと、結構マニアが集まる有名な峠が有るらしい。まあ、私には峠攻めは興味が無いがな』
800馬力の『スカイラインGTR』を得意げに運転しているカウラが以前そんなことを言っていたのを誠は思い出した。
「あのねーちゃん趣味がいいなあって思いながら作ったもんだなあ……今でもあのねーちゃんそいつに乗って休みになると峠を攻めてるらしい。馬力こそカウラさんの車に負けるが車体が軽いのと水平対向エンジンで車高が低いのが売りでね。峠下りとか運転技術が試される場面ではそれが生きる訳だ」
かつて自分が作った車の性能を自慢する気満々と言う調子で島田の演説は続く。
「次に作ったのは『ランボルギーニ・ミウラ』。流れるような流線型のボディーが特徴のすげえカッコいい車だ。これは俺が『スタイルがかっこいいから』と言う個人的趣味で作ったんだが……」
そこまで言ったところで島田の言葉が詰まる。ただ、誠としては『かっこいい』と言う理由だけで車を作ってしまう島田の頭の単純さと技術力に感心していた。
「流線型のボディーの車?そんな車うちの駐車場で見たことありませんよ。誰が乗ってるんですか?その車……ってそれを売ったんですね?」
誠は覚えのない流線型の車を想像しながら島田に尋ねた。そしてそれが島田が欲にまみれるきっかけになったのだろうと想像がついた。
「いやあ……最初は完成したのをネットに載せて自慢してたんだ。『俺達の技術力で作れない車はねえ!』って感じで結構閲覧数とか稼いでいい気になってたんだけどな」
また島田の言葉は急に歯切れが悪くなった。
「自慢してた割にどこにも無いじゃ無いですか。その『ランボルギーニ・なんとか』」
犯罪者を追い詰める刑事気取りで誠は島田を問い詰めた。実際、島田達のやっていることは東和共和国では立派な犯罪行為だった。
「だから『ランボルギーニ・ミウラ』だって!そのネットの写真をどこで手に入れたか知らねえが地球の大金持ちが見て『それを売ってくれ』って言ってきたんだ。東和は地球圏からはネットは遮断されているはずだからどうやってそれを見たのかは知らねえが……」
『壁に耳あり障子に目あり』。誠の語彙力は少なかったが、島田の軽率な行動にそんな言葉を浴びせたい衝動に駆られていた。そして、島田と同類の馬鹿が地球にもいるのかと、いつもは地球人には恐怖感しか感じない遼州人の誠は地球に親近感を感じていた。
「ああ、班長。弁当持ってきましたよ!」
弁当を取りに第一倉庫に行っていた島田の部下達がそう言いながら島田に弁当を手渡した。
「あんがとな。なんだ、神前も弁当持ってるじゃねえか。一緒に食おうや」
そう言うと島田は230ミリロングレンジレールガンのバレルの上に腰かけた。仕方なく誠もその隣に座り、弁当のふたを開けて昼食を開始した。
「そんな、話題を変えないでください。売ったんですね……何度も言ってますけど『密輸』ですよ。それ」
誠はごまかそうとする島田の言葉を遮ってそう言った。