第8話 伝説の『名車』
最後のラックを抜けた誠が目にしたのは、まだボディーもエンジンもついていない自動車とそれに群がる島田の部下の数名の整備班員達の姿だった。全員が難しい顔をしてその未完成の車を見つめて話し合っている。
「だからだ。エンジンの馬力を考えてギアの素材には気を使わねえとな。次来るシャフトには色々注文を付けといたから、連中も考えて納入してくるだろう。菱川の技術屋には俺から連絡しておく。じゃあ昼にすんぞ。俺の弁当取って来いよ」
整備班員の中央で島田がそう言って指示を出した。どうやら島田が始めた『プロジェクト』はこの車をフルスクラッチすることらしい。誠はそう理解すると未完成の車の周りを一周した。誠も理系出身なので、今島田達が作っているのがかなりの馬力を誇るスポーツカーであることくらいは予想がついた。
「島田先輩!『プロジェクト』……って車を作ることですか。それもうちの仕事なんですか?」
まだ骨組みだけのスポーツカーらしい車を前に誠はそう言った。誠の言葉に整備班員達はあきれ果てたようなため息をつく。
「技術屋はモノを作ってなんぼだ。神前、テメエのシュツルム・パンツァーが壊れたら直すのは俺達だ。この前の出撃でも右腕のアクチュエーターを無理な操縦でぶっ壊したよな?それを直したのも俺達整備班だ。その為の技術はいつも磨いておく。今は出動の機会が無くてシュツルム・パンツァーを修理する機会がねえんだ。腕を腐らせないように何か作っておくのは当然の事だろ?」
解散した部下達を見送るとあきれ果てた調子で島田はそう言った。茶髪と着ているつなぎの上半身を脱いでその引き締められた筋肉を自慢しているようにも見える自称『硬派』なヤンキー島田の言葉としては珍しく理屈が通っていた。
「確かに『光の剣』を使ったときに無理したのは事実なんで……。でも、そんなもんですか。確かにカウラさんの『スカイラインGTR』も島田先輩達がフルスクラッチしたって言ってましたよね。で、今度は何を作ってるんです?」
誠は好奇心に駆られてまだ全体像が想像できない程度の骨組みとタイヤしかついていない車を前にそう言った。
「20世紀イタリアが生んだ伝説の名車『デ・トマソ・パンテーラ』だ。廉価版スポーツカーとして開発された車だが、その優秀なフォード製エンジンのせいもあって商業的には結構成功して人気が有るんだぜ。オメエの好きなプラモにもあんぞ、この車」
島田がバイクや車について語る時はいつものけだるそうな面影は消えて、まるで情熱的な少年な表情が浮かんでいた。島田は特にバイクが好きだが、機械について語る時の島田の表情はまるで純粋な少年のようだと誠は思っていた。
「僕は車のプラモにはあんまり関心がないんで……。店に行っても戦車かアニメの美少女フィギュアのコーナーしか行かないんで……それにしても今回作るのはなんでその『でとまそ何とか』にしたんですか?」
誠は聞いたことの無い車の名前を覚えられずにそうつぶやいた。頭は悪いのに機械の名前を覚えるのだけは早い島田はあきれたような顔で誠を見つめた。
「『デ・トマソ・パンテーラ』だ。うちで二番目に作った車を買った地球の大富豪のご指定がこいつだったんだ。渋い趣味してるよな。そう言う趣味のお客さん。俺は嫌いじゃねえがな。車はなんと言ってもパワフルなスポーツカーに限るよ。高級乗用車なんか糞くらえだ」
島田はそう言ってまだ半分も完成していない車のシャーシに目をやった。
「売ってるんですか?ここでフルスクラッチした車。良いんですか?そんなことして。東和と地球って国交無いじゃないですか。密輸ですよ、それしかもここの工具って部隊の備品ですよね。それを利用して作るって……公私混同じゃないんですか」
平然と違法行為をほのめかす島田の言葉に誠は驚いてそうツッコんだ。
「あん時は流れでそうなったの!うちで作ったのを全部売ってるわけじゃねえ!うちの部隊の隊員用に作った車も二台ある!」
島田は無茶な理屈を立ててそう反論してきた。
「これまで三台作ってうち一台を売却……そして四台目も売却用に作ってる……これって『私的流用』って言いません?普通」
誠はその語彙力の少ない理系脳から絞り出した『私的流用』と言う難しい言葉で、同じく難しいことが苦手なヤンキー島田を追い詰めた。
「『私的流用』?上等じゃねえか!俺達は技術でテメエ等パイロットの命を守ってやってんだ!技術を磨くことに一生懸命だって褒めてもらいたいねえ。オメエには無茶をやってまで技術を磨いている俺達を褒める義務は有っても責める権利はねえんだ。よく覚えとけ」
そう言って島田は完全に開き直る。脳みその代わりに筋肉が詰まっている島田の論理はいつも滅茶苦茶だった。
「確かに技術を維持するのが必要なのはわかりますけど……その点ではいつも感謝しています」
確かに前の出動でも誠のシュツルム・パンツァー『05式乙型』に作動不良は一切起きなかった。
「そうだろ?じゃあいいじゃねえか!文句は言うな!」
コミュニケーション能力に欠陥のある誠には島田の強引な理屈をねじ伏せることなどできなかった。