第211話 誠の持つ『力』
「隊長……ほっといて良いんですか?」
隊長室を出てパイロットの詰め所の自分の席に座った誠はそう言ってランに目を向けた。
「いーんだよ……あのおっさんも大人だからな。それよりオメーだ」
ランはそう言うと少し照れたように頬を掻いた。
「僕が……なにか?」
戸惑ったような誠の問いにランは仕方ないというようにため息をついた後、語り始めた。
「お前が生まれた時から全部わかってたんだ。オメーがあんな化け物じみた力を持ってることはな」
ランの言葉は半分は予想のついた言葉だった。こんなにパイロットに向かない自分にパイロットをやらせるには何か理由があるとは誠も感じていた。
「母さんから聞いたんですね……僕が普通とは違う力を持ってることを」
誠は一語一語確かめるようにしてランにそう言った。
誠が剣道をやめたのは竹刀で物が斬れてしまうという自分でも信じられない現象を目の当たりにしたからだった。それは一回だけのことで単なる偶然だとして誠の記憶の奥底で忘れ去られていた。
「そーだ。オメーは実はかなり前から遼州同盟の加盟国や地球圏の政府から目をつけられてたんだ。ひでー話だが、オメー生まれた時からプライバシーゼロの環境に置かれていたんだ」
少し悲しげなランの言葉に誠は驚きを隠せなかった。
「考えてもみろ。たった一撃で戦艦を撃破できる能力や、瞬時に移動できてしまう『干渉空間』を展開する能力。どっちも悪用しようとすれば大変なことになる。だから、どの政府もその存在を公にせずにひそかにその能力者を監視していた……」
確かにランの言うとおりだった。あのような力があちこちに野放しになれば戦争どころの話ではないことくらい誠にも考えが付く。
「オメーの親父がオメーに剣道を辞めさせたのが八歳。それを進言したのが隊長だ」
「隊長が?竹刀で物を斬ったりできる能力を使えば余計目立つようになるからですか?」
誠はそう言って難しい顔をした。
「まず第一に危ないだろ?気合で面を入れたら対戦相手が真っ二つになったなんてのはシャレにならねーだろ?今のオメーは05式乙の法術増幅装置無しではただの無能だが、いずれはそれなしに法術を発動できるようになる……」
静かなランの言葉だが、誠にはその言葉の意味が分かりすぎるくらい分かった。
「実は、最近こうして各政府が追っていた『潜在的法術師』が行方不明になる事件が多発してるんだ。誰かが何かを目的として『法術師』を集めている……としか思えねー」
ランの表情が厳しい色を帯びてくる。
「一つの勢力じゃねーな。実際、同盟司法局も『潜在的法術師』を集めていたのは事実だし……例えばオメーな」
そう言ってランは腕組みをしながら誠を見上げた。
「そんな勢力の中で一番ヤベーのが……『廃帝ハド』だ」
「『廃帝ハド』?」
誠はその言葉に聞き覚えがあまりなかった。
「かつて遼帝国建国後二百六十年の鎖国を解かせた暴君……奴を遼州の大地に封じて国が開いたときは遼帝国は見る影もなく荒れ果てていたという話だ……」
「暴君」
ランの力強い言葉に誠は息をのんだ。
「奴の理想は力のあるものが力のないものを支配する帝国を作ること。遼帝国一国ではできなくても遼州圏や地球圏を巻き込んで多くの国の利害の隙間を縫うように立ち振る舞えばできねー話じゃねーんだ……そのために法術師を集めてる」
そんなランの恐ろしい言葉に誠は身震いした。
「隊長はオメーには逃げろって言うかもしれねー。アタシもそれは当然だと思う。しかし……アタシ等じゃ対処しきれねーこともある。神前!力を貸してくれ!」
かわいらしいランは強い眼力で誠をにらみつけながらそう叫んだ。
誠は静かにうなづきながら自分が持って生まれてしまった力の重さについて考えていた。
「中佐……」
誠は小さなランの真剣な表情に心打たれながらそう言っていた。
「なーに。オメーを簡単に死なせるようならアタシは『人類最強』なんて名乗ってねーよ。それに……ヤバくなったら隊長がオメーの代わりに05式乙に乗る。あの人も一応は『法術師』なんだ。伸びしろはゼロだけどな」
ランはそう言ってにやりと笑った。
「でも……僕よりは役に立つんじゃないですか?僕はパイロット適性ゼロだし」
そんな誠の言い訳にランは静かに首を横に振った。
「パイロット適性?オメーは運動神経はいーじゃねーか!大丈夫だよ!アタシが仕込んでやる。胃腸の方も慣れれば吐かなくなる。気にすんな!それにオメーのが自分の持つ力を自在に操れるようになれば向かう所敵無しだ!」
満面の笑みでちっちゃな中佐殿はそう叫んだ。