第209話 『駄目人間』から明かされるこの部隊の『異常性』
「そりゃあ、お前さんが『高偏差値』の
「あ……」
嵯峨に指摘されて初めて誠はこの『特殊な部隊』からごく普通に逃げ出す方策に気づいた。
「それってありなんですか?」
「ありも何も……普通の社会人ならそのくらいの常識はあるだろ……自分の置かれている環境が異常だったら人に言う。そのくらいの発想ができないとこの世にうんざりして来世に救いを求めちゃうようになるよ……新興宗教でも入っとけよお前さんは……あれはいい金になるみたいだね、俺は興味ないけど」
あっさりと嵯峨はそう言って誠を同情を込めた瞳で見上げた。
「でも……一応、東和宇宙軍は公務員なんで。安定してるんで」
誠はそう言って嵯峨に食い下がろうとした。
「そうなんだ……それもね、実のところ俺やランに『ここは特殊すぎるんで』と言えば何とか逃げられたんだ……」
あっさりと嵯峨はそう言ってにやりと笑った。
「逃げるって……どこに?」
誠は嵯峨の言葉が理解できずに戸惑ってそう言った。
「だって……うち、『お役所』だもん。いろんな取引先とか、隣の『菱川重工業』との取引とかあるわけだ。そうするとね、うちで要らない人材とか欲しがるわけよ……あっちもいい人材の確保には苦労してるから。危険物取扱資格の一種を持ってる人材なんて喉から手が出るほど欲しがるだろうな。だから、『出向』と言う形で、とりあえずこの『特殊な部隊』から外れて、他の生きる道を探せる人生があるの」
驚愕の事実を嵯峨はさらりとさも当然のように言い放った。
「そんな……僕の友達もそんな話はしてませんでしたよ!僕の大学は理系では私大屈指の難易度の大学ですけど!」
反論する誠に嵯峨は明らかに見下したような視線を浴びせた。
「そんなもん、大学の難易度と就職先のレベルは比例しないもんだよ。『ベンチャー』の小さな会社や経営者が『独裁者』している会社は別だけど、普通に株式を上場している会社ならそんな『出向』なんて話は普通だよ。当然うちは『お役所』だもん。うちの水が合わなけりゃ他にいくらでも生きるすべはあるんだ。自分の置かれた環境がすべてだなんて考えるのは『お馬鹿』の思い込みだね。お前さんにも『倉庫作業員』や『体力馬鹿営業』以外にも、『技術の分かる経営顧問のサブ』なんかの引き合いは今でもあるんだ……どうする?今からでもそっちに『逃げ出す』ことはできるけど……」
嵯峨はあっさりと誠の社会経験不足の裏を突く大人の事情を誠に告げた。
「でも……西園寺さんは僕を認めてくれていますし……カウラさんはなんか僕を成長させることに生きがいを見出したみたいですし……アメリアさんはツッコミとして僕が必要みたいですし……島田先輩は舎弟の僕を見逃してくれるはずもなさそうですし……」
誠は思っていた。もうすでに自分はこの『特殊な部隊』の一員になっていると。
「そうなんだ……お前さんの奴隷根性はよくわかった。まあ、お前と心中するつもりのパーラの名前が出てこなかったのは本人に直接伝えておくわ」
またもや嵯峨はとんでもない発言をした。パーラがそれほど自分を思ってくれているはずは無いと思っていた。行きつく先が『心中』だということは、遼州星系では愛する男女が『心中』するのがごく普通なことだという地球人には理解不能な事実を認めたとしても、それはそれで自分は死にたくないので嫌だった。
「僕は逃げません!」
誠の宣言に嵯峨は本当にめんどくさそうな顔をした。
「逃げてもいいのに……本当に逃げないの?今からでも遅くないよ……東都警察はお前さんを交番勤務の剣道部の部員として欲しがってるんだから。ああ、東都警察のパワハラはよくニュースになるな。あそこはやめておいた方が良い」
相変わらずなんとか誠をこの『特殊な部隊』から逃げ出すように仕向けたい『駄目人間』の意図に反したい誠は首を横に振った。
「あっそうなんだ。まあ、逃げたくなったら言ってよ。俺や『偉大なる中佐殿』は出入りの業者なんかにいつも『使える人材はいないか』って聞かれてばっかで疲れてるんだ。そん時はよろしく」
そう言って嵯峨は誠に出ていくように手を振った。
誠は嵯峨の馬鹿話に疲れたので敬礼をしてその場を立ち去った。