第205話 『変革』後の休日を終えて
見慣れた菱川重工豊川工場。その連絡道路をこの工場としては珍しい大仕事である大型掘削機の鉱山用ドリルを積んだ大型トレーラーが、轟音を立てながら走る。誠はその後ろにくっ付いてスクーターで走る。
昨日までは東和帰還後の休暇だった。誠にとっては初めての一週間の長期休暇が終わって、いつものように司法局実働部隊の通用口に到着すると、そこでは警備の担当の技術部員が直立不動の姿勢でパーラの説教を受けていた。この『特殊な部隊』の警備任務中である。きっと花札でもしてサボっていたのだろうと想像しながら誠はそのゲートを通り抜けようとした。
「おはようございます!」
誠の挨拶にパーラが待ち焦がれたというような笑顔で振り向く。サボっていたらしい警備担当者はようやくこの部隊ではレアな真面目で責任感のある隊員であるパーラから解放されて一息ついていた。
「昇進ですか?」
大尉の階級章をつけた司法局実働部隊の制服姿のパーラに誠が声を掛けた。
「……ああ。そんなところだけど……でも神前君は……」
しかし、誠に出会った時の笑顔はすぐに消えたパーラはあいまいな返事をしてその場から逃げるようなそぶりをしていた。
普段ならこんな事をする人じゃない。パーラはこの部隊の隊員の中では数少ない気遣いのできる女性である。誠はパーラの態度を不自然に思いながら無言の彼女に頭を下げてそのまま開いたゲートをくぐった。
『特殊な部隊』らしく暇ができると小遣いを稼ぐために全員で栽培しているグラウンドの脇に広がるトウモロコシ畑はもう既に取入れを終えていた。その売り上げの大半をピンハネしている島田が部下を動員して休みの間にやったのだろう。
誠はその間を抜け、本部に向かって走った。そして駐輪場に並んだ安物のスクーター群の中に自分のを止めた。なぜかつなぎ姿の島田が眼の下にクマを作りながら歩いてくる。
「おはようさん!徹夜も三日目になると逆に気持ちいいのな」
そう言うと島田は誠のスクーターをじろじろと覗き込む。
「大変ですね」
「誰のせいだと思ってるんだ?上腕部、腰部のアクチュエーター潰しやがって。もう少しスマートな操縦できんのか?」
どうやらトウモロコシの取り入れをしたのは島田達では無いらしい。島田達整備班が珍しく真面目に仕事をしていたところから考えて今回のピンハネの主役がアメリアで、運航部の女性陣が取り入れを行ったらしいことを誠は察した。
疲れた表情に無理して笑顔を浮かべながら島田がわざとらしく階級章をなで始める。
「それって准尉の階級章じゃないですか?ご出世おめでとうございます!」
以前までの曹長のラインの入っていない階級章に替わり、そこには赤いラインの入った准尉の階級章が輝いていた。
「まあな。それより早く詰め所に行かんでいいのか?西園寺さんにどやされるぞ……『新米の分際で長期休暇の後に遅刻しやがって!』とか言って」
恐ろしいすべてを銃で解決するかなめの名前を聞いて、誠はあわただしく走り始めた。
「おはようございます!」
気分が乗ってきた誠は技術部員がハンガーの前で島田と同じように疲れた表情を浮かべながら徹夜明けの気分転換にキャッチボールをしているのに声をかけた。技術部員達は誠の顔を見ると一斉に目を反らした。
何か変だ。
誠がそう気づいたのは、誠から目を逸らした彼等が誠を見るなり同情するような顔で、お互いささやきあっているからだった。しかし、そんな事は誠にはどうでもよかった。長期休暇の間、部屋に籠って買い込んだ戦車のプラモを作ることに熱中して十分に英気を養っていた誠は元気よく一気に格納庫の扉を潜り抜け、事務所に向かう階段を駆け上がり管理部の前に出る。
そこでは予想していた今回の事件『近藤事件』の間、部隊で留守番をしていたカウラのファンの『ヒンヌー教徒』菰田邦弘の怒鳴り声を聞く代わりにかなめとアメリアが雑談をしているのが見えた。アメリアの勤務服が特命少佐のそれであり、かなめが大尉の階級章をつけているのがすぐに分かった。
「おはようございます!」
元気に明るく。
そう心がけて誠は二人に挨拶する。
「よう、神前って……その顔はまだ見てないのか、アレを」
「駄目よかなめちゃん!その話は禁句だって隊長から言われてるでしょ!」
そう言うとアメリアはかなめに耳打ちする。
「西園寺さんは大尉ですか。おめでとうございます!」
「まあな。アタシの場合は降格が取り消しになっただけだけどな」
不機嫌にそう言うとかなめはタバコを取り出して、喫煙所のほうに向かった。
「そうだ、誠ちゃん。隊長が用があるから隊長室まで来いって」
アメリアもいつもと違う少しギクシャクした調子でとそう言うと足早にその場を去る。周りを見回すと、ガラス張りの管理部の経理班の班長席でニヤニヤ笑っている嫌味な顔をした菰田主計曹長と目が合った。何も分からないまま誠は誰も居ない廊下を更衣室へと向かった。
実働部隊詰め所の先に人垣があるが、誠は無視して通り過ぎようとした。