第202話 嘘をつくカウラ、気遣う誠
誰も居ない通路、よろけながら歩くカウラを支えつつ、誠はエレベータホールにたどり着いた。
「大丈夫ですか?カウラさん」
「ああ、大丈夫だ」
カウラがうって変わった静かな口調で話し出した。その変化に誠は戸惑う。
「半年前はアメリアがあのような醜態をさらす事が多くてな。それを真似ただけだ」
「じゃあ酒は飲んでなかったのですか?」
あっけに取られて誠が叫んだ。
「飲んだ事は飲んだが、この程度で理性が飛ぶほどヤワじゃない。来たぞ、エレベータ」
カウラを背負ったまま誠はエレベータに乗り込む。
「それじゃあ何であんな芝居を?」
そうたずねる誠だが、カウラは黙って答えようとはしなかった。
二人だけの空間。時がゆっくりと流れる。僅かなカウラの胸のふくらみが誠の背中にも分かった。
「何でだろうな。私にも分からん。ただ西園寺やアメリアを見るお前を見ていたらあんな芝居をしてみたくなった……それも酒のせいかな」
すねたような調子でカウラがそう言った。エレベータは居住区に到着する。
「しばらく休ませてくれ。やはり酔いが回ってきた」
やはりそれほど酒の強くない人造人間のカウラはエレベータの隣のソファーを指差して言った。
「そうですね」
誠はそう言うとカウラをソファーに座らせた。
静かだった。この艦の運行はすべて遼州星系では普通の『アナログ式量子コンピュータ』のシステムで稼動している。作戦中で無ければすべての運行は人の手の介在無しで可能だった。誰一人いない廊下。運行関係者で業務上飲酒ができない人間は自室で『釣り』ゲームに興じていることだろう。彼等はみな『釣りマニア』なのだから。
「悪いな。私につき合わせてしまって。これで好きなのを飲んでくれ」
カウラはそう言うと誠にカードを渡す。誠はソファーの隣の自販機の前に立った。
「カウラさんはスポーツ飲料か何かでいいですか?」
「任せる」
そう言うとカウラは大きく肩で息をした。強がっていても、明らかに飲みすぎているのは誠でもわかった。誠は休憩所のジュースの自販機にカードを入れた。
「怒らないんだな。嘘をついたのに……それとも西園寺の下僕の地位が気に入ったのか?」
スポーツ飲料のボタンを押し、缶を機械から取り出す誠を眺めながらカウラが言った。
「別に怒る理由も無いですから。それと下僕にはなりたくないです。僕は『甲武国』の国民でも無いですし、一応市民なんで」
そう言うと誠は缶をカウラに手渡す。
「本当にそうなのか?お前のための宴会だ。それに西園寺やアメリアもお前がいないと寂しいだろう」
コーヒーの缶を取り出している誠に、カウラはそう言った。振り返ったその先の緑の瞳には、困ったような、悲しいような、感情と言うものにどう接したらいいのかわからないと言う気持ちが映っているように誠には見えた。
「カウラさんも放っておけないですから」
「そうか、私は『放っておけない』か……」
カウラは誠の言葉を繰り返すと静かに缶に口をつけた。カウラの肩が揺れる。アルコールは確実にまわっている。だが誠の前では毅然として見せようとしているのが感じられる。その姿が本当なのか、先程の自分で演技と言った壊れたカウラが本物なのか、誠は図りかねていた。
「やはり、どうも気分が良くない。誠、肩を貸してくれ」
飲み終わった缶を誠に手渡しながら、カウラは誠にそう言った。
「わかりました、大丈夫ですか?」
「大丈夫だ」
そうは言うもののかなり足元はおぼつかない。誠はカウラに肩を貸すとゆっくりと廊下をカウラの部屋に向かい歩く。
静まり返った廊下。二人の他に人の気配はまるで無い。上級士官用の個室。そこに着くとカウラはキーを開けた。
「本当に大丈夫ですか?」
「すまない。ベッドまで連れて行ってくれ」
カウラは何時もは白く透き通る肌を赤く染めながら誠にそう頼んだ。やはりカウラの部屋は士官用だけあり誠のそれより一回り大きい。室内にはパチンコの機械が並び、誠の部屋よりは大きいはずなのにどこかしら狭く感じた。
「とりあえずここでいい少し疲れた。もう大丈夫だから帰って良いぞ。西園寺が暴走すると厄介だ」
そう言うとカウラはそのまま横になった。誠は静かに立ち上がり、ドアのところで立ち止まる。
「お休みなさい」
「ああ」
カウラは優しく返す。誠はそのまま部屋を出た。廊下が妙に薄暗く感じる。エレベータが上がってきていたが、構わずハンガーに向かうボタンを押した。