バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

王女様って

「そっかぁ……なぁ! アイシュタルトは城で働いてたんだろ?」

 ルーイが私の顔を見て、わざとらしく明るい声で話を変えた。ルーイにはもう、隠しごとはできない。

「あぁ」

「王女様って、やっぱり綺麗?」

「は?」

「カミュートには王女っていないからさ。王女様、見たことある?」

「ある」

「綺麗?」

 私の答えにルーイが前のめりになって顔を寄せてくる。

「き、綺麗だ」

 姫のことを思い出せば、顔に熱が上がってくるのがわかる。

「へぇー。俺も見てみたいなぁ」

 私の顔を見ないように、わざとらしく、空を見上げて、そうつぶやいた。色々なことが、バレているのに違いない。それなのに、黙っていてくれるその優しさに甘えたままで良いのだろうか。

「また、ゆっくり教えてよ。王女様のこと」

 黙り込み、考え込んだ私の耳に、ルーイの声が優しく届く。

「王女は……私が仕えていた方だ」

 言って、しまった。ルーイの声が、顔が、私の心に響いた。彼ならば、受け入れてくれるのではないかと。そう思わずにいられなかった。

「え? えぇ?! ええぇぇぇええ?!」

「ルーイ、うるさい」

「あ、悪い。って、本当?! つ、仕えていたって」

「あぁ。姫の、クリュスエント様の護衛騎士だった」

「護衛って、あの、王族の周りにいる…あれ?」

「ククッ。あぁ。あれだ」

 私の心配など、無用であったのかもしれない。ルーイの反応はあまりにも自然で、つい笑いがこぼれる。

「すげぇ。そ、そしたらアイシュタルトって、もしかして、とんでもなく強いんじゃ……」

「とんでもなく……はどうだろうか。小さい熊は倒せるようだが」

「あ、ははっ。そりゃそうだ。倒したもんな」

「あぁ」

「そっかぁー。そりゃ強いはずだよ。逃げねぇよなぁ」

「逃げることなど、あってはならないからな」

 護るべき人がいる。自分の命を優先して、逃げることなど、許されるはずもない。私が生きてきたのは、そういう世界だ。

「お、俺のことはそんなに必死で守らなくていいからな! ちゃんと逃げろよ」

「当たり前だ」

「即答?! 逃げるなど……とか言わねぇの?」

「言わぬ。置いて逃げる」

「え? あれ? 俺、見捨てられるの?」

「……」

 わたしが黙ったまま視線を外すと、ルーイの慌てる様子に拍車がかかる。

「お、おい!」

「……クッ。ククッ」

「じ、冗談……?」

「あぁ。見捨てぬ。逃げるときは一緒に逃げるぞ」

「なんだぁー。きつい冗談」

 ルーイが安心してその場で座り込んだ。

「そのような場で……ほら」

 ルーイを立たせようと私が手を差し出す。まるで、出会った時のようだ。

「悪い」

 そう言ってルーイが私の手を取り、引き寄せた。

「っ?!」

 転びそうになるところを、足に力を入れて耐える。

「ちぇー。失敗したか」

「何をするんだ!」

「俺ばっかりからかわれたからなぁ」

「クッ。まだまだだな」

 私たちは目を合わせると、道の端に移動して腰を下ろす。

「仕えていた姫が、コーゼに嫁いだってこと?」

「あぁ」

「カミュートにきた理由をさ、『したくもないことをやらされそうだった』って言ってたけど、それに関係あるの?」

「そうだな」

「そっかぁ。アイシュタルトも色々あるよなぁ。よくも知らない、隣の国にこなきゃいけなかったんだよな。いつでも、何事もない様な顔してるから、忘れてた」

「忘れたままでも構わないが」

「またそういう言い方……コーゼのこと、心配だな」

「あぁ」

 姫のことが頭をよぎれば、おのずと視線が下を向く。心配しかできない、この手で護ることのできない、自分の無力さに嫌気がさす。

「コーゼの、姫のことも探ってみるか」

 ルーイの提案に、思わず顔を上げる。そうすればニヤッと笑うルーイの顔が目に入る。
 私は何故、このような反応を返すようになってしまったのだろうか。

しおり