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すっきりした朝

 自分の気持ちを抑え込まずに、嘘をつかずにいると決めた私は、すっきりとした気分で朝を迎えることができた。
 ルーイとステフに心配させてしまったことを、謝らねばならない。

「アイシュタルト、おはようございます」

 目覚めた私に気づいてくれたのはステフだった。

「おはよう。昨夜は、すまなかった。あのような醜態を見せてしまって、申し訳ない」

「謝らないでください! 誰にだって、体調の優れないときはあります。それより、お腹空いていませんか? 何か、もらってきましょうか?」

「腹は減っているが、ルーイが目覚めてから皆で食べに行けば良い」

 私は布団から飛び出た茶色い頭を見る。『聞いてやる。いつだって、何だって』そう言ってくれたルーイの声を頭の中で反芻する。
 いつか、ルーイやステフに姫のことを打ち明ける日が来るだろう。打ち明けねばならない時が来るだろう。そのときは、あの言葉に甘えて、聞いてもらうことにしようか。

「アイシュタルトは、兄さんのこと、どう思いますか?」

「ん? どうとは?」

 ステフに話しかけられ、そちらへ向き直る。

「あまり、お役に立っていないように思えて。私にとっては、大切な兄さんです! ただ、こんなに頼りにならなかったかな。と思ってしまって」

「ククッ。ステフ、大丈夫だ。ルーイはあのようなことばかり言っていても、ちゃんと頼りになる。心配するな」

「本当ですか?」

「このようなことで、嘘はつかぬ」

 私の言葉に、心底安心したようにステフが微笑んだ。

「今日は一日休みだと、昨夜ルーイが言っていた。何をしようか」

「昨夜、食堂で私たちが聞いてきた話を整理しますか?」

「何か聞けたのか?」

「それほど多くはありません。コーゼと行き来している旅商人たちの方が詳しいと思います」

「そしたら、それ、聞いてきて」

 ステフと二人で話し込んでいた、私たちはルーイの声に顔を向ける。

「兄さん、いつから聞いてたの?」

「旅商人の方が詳しいってところ」

「何の話かもわからぬではないか」

「え? 昨日の情報のことだろ? 違うの?」

「違わぬ」

 ルーイが頼りになるのは、このような察しの良さもある。言葉にするのが得意ではない私は、かなり助けられた。

「そしたら、僕は商人たちに聞いてくるよ。見知った顔を何人か見たんだ。声をかければ、きっと教えてくれるから」

「頼むよ。俺とアイシュタルトは買い出しに行こう。散歩でもしながらさ」

「ステフだけ負担が大きくないか?」

「僕は大丈夫です。行ってきますよ」

「昨日の話は俺から伝えておく。頼むな」

「うん」

「そしたら、まずは朝メシだ! 腹減ったなぁ」

 宿屋のそばの食堂で朝食を取り、その後ステフと別れた。私たちは二人で道を歩きながら、話をする。

「ルーイ。あのようにステフにだけ任せて、私たちが買い出しというのは……」

「いいのいいの。旅商人には旅商人だけの社交場があるから。俺たちがいない方が都合が良いこともある」

「そうなのか?」

「国から国へ移動できるのはあいつらだけだからな。握ってる情報も重要なものが多い」

「ふむ」

「俺たちがいたら、まず話してくれないよ」

「そういうものか」

「そういうものさ」

 ふふん。ルーイが得意そうな顔で笑う。

「それで、昨夜の話というのは、どういうものだ?」

「鍛冶屋で聞いたのとあまり変わらなかったな。コーゼの王子がやけに好戦的で、王の影響力が減り始めた頃から、よく仕掛けられてるらしい。ここ1年ぐらいはカミュートばかり相手にしてるって。シャーノとは何か取引したんだろうって。アイシュタルト、知ってる?」

 ルーイの問いに、息が詰まる。奥歯に力を入れて、何とか口を開く。

「シャーノの、王女が嫁いでいった。」

 やっとの思いで、そう口に出す。胸の奥が掻き乱されるようだった。握りしめた手のひらに爪が食い込んでいるのだろう。手のひらに鈍い痛みを感じた。

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