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アイシュタルトの変化

「アイシュタルト! 剣は今頼んだだろ?」

「あぁ。だが、ひと月かかると言われたではないか」

「言われた。それで?」

「その間に使うものが欲しい。このひと月で私はステフに剣術を教える」

 今朝話していた内容をルーイにも伝え、剣が二本必要だということを理解してもらう。

「この街でひと月だもんな。金、かかるよなぁ」

「他に比べ宿が高いのだろう?」

「移動すれば安くはなりますが、情報を集めるにはここがいいと思います」

「ふむ。訓練を兼ねて、狩りに行く。それが一番効率が良さそうだ」

「じゃあ、俺が情報収集するよ。そういうの、得意だからな」

「頼んだ」

「ぼ、僕は……」

「ステフはまずは剣を手に入れるんだ」

「はい」

 三人で役目を決め終われば、まずは剣とナイフだ。武具屋でステフとルーイ、それぞれに見合ったものを手に入れ、すぐに食堂へと向かう。

「本当に戦争が始まるのか、一番気になるのはそこだよな。いくら国境に近いとはいえ、心配ないのなら、このまま旅を続けたいし」

 ルーイの意見には反対はしないが、私としてはコーゼの内情も気になるところである。クリュスエント様は、どのような状況なのだろうか。王族に命の危険はないのだろうか。
 ただし、それを二人に打ち明けるのは……まだ抵抗がある。一国の姫にあのような感情を抱くなど、不敬罪ともとられかねない。

「アイシュタルト? どうしました?」

「いや、大丈夫だ」

「顔色が悪い。少し、休んでろよ。俺とステフとで話聞いてくるから」

「すまない」

「いいよ。どうせアイシュタルトの言葉遣いじゃあ、まともに答えてくれねぇって」
 
 ルーイに気を遣わせてしまった。私の、個人的な問題であったのに。友人だと思っていても、やはり私は隠しごとばかりか。
 しかし姫への気持ちを、軽々しく口にすることはできない。私と姫では立場も違う、叶うはずのない想い。しかも今はコーゼ国の次期王妃だ。ルーイやステフにとってみれば、敵国の者。
 そのような方への想いを、二人にどう伝えるべきなのか。それに何を聞いたところで、今の私にはどうすることもできないではないか。
 本当に戦争が始まれば、噂通りコーゼが攻め入ってくることがあれば、姫のことを聞けることも増えるだろうか。

 それまでは、姫の心配は私の胸のうちだけで。姫への想いはまだ秘めたままで。それでも、二人は許してくれるだろうか。隠しごとの多い私を、信頼してくれるだろうか。
 解決することない、自分では答えの出せない問いを、頭の中で繰り返す。

「顔色、余計に酷くなってるぞ。適当に食べて、宿に戻るか?」

「ルーイ。大丈夫だ。気にするな」

「気にしないわけがないだろう! そんな顔色して、何が大丈夫だよ! 大丈夫じゃないって見ればわかる」

「顔色……」

「あぁ! ひでぇ色! 今にも倒れそうだ」

 顔色など、そのような指摘を受けたのは、まだ騎士として見習いの頃以来だ。
 隠せないほど酷い色なのか、それとも私は表情を隠すことができなくなっているのか。
 怒りを腹に抑え、笑いを噛み殺し、喜びを受け流し、悲しみをこらえ、そうして城では生活してきた。その私の顔色が酷いというのか。

 いつから、このようになってしまった。いつから、ルーイに隠せなくなってしまった。
 隠せないことが、取り繕えないことが、良いのか悪いのかさえ、私には判断できない。
 自分の足元がゆがんでいるような気がする。座っているはずなのに、どこかへ落ちていくような気がした。

「アイシュタルト! 宿に戻るぞ!」

 ルーイがそう言うと、私の体を支えて立たせた。酷く酔った時のように、足元がおぼつかない。ルーイに掴まっていないと、このまま倒れてしまいそうだった。

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