第191話 勝敗
まだ無理は禁物だと叫ぶひよこを無視してアメリア達は誠を拉致していった。
騒々しい誠達が去った病室で一人静かに嵯峨はベッドに座り込んでいた。

胸のポケットからタバコを取り出すが、さすがに『駄目人間』な嵯峨も医務室でそれを口にすることは無かった。
「カーンの爺さん、俺の負けだよ。俺は『非情』になり切れなかった。近藤さん達を『犯罪者』にはできたが、『社会的に消す』ことはできなかった」
嵯峨はそう言って力なく笑った。
「今回の事件は記録として残る。それだけは止められなかった。そしてその記録を見た同じような思想の『貴族主義者』は俺達の前にもっと強くなって立ちはだかるのも、もう確定事項だ。負けたよ……俺の負けだよ。近藤のおっさんはもっとあんた好みの『非道』な殺し方もできたんだ……近藤の旦那には記録にさえ残らないような無様な最期を用意してやることもできたはずだ……どうにもまだ俺は不十分な『駄目人間』みてえだわ」
嵯峨はそう言うと立ち上がり、医務室を眺める。
嵯峨のほかには誰もいない。医務室勤務の『釣りマニア』達は祝勝会の『魚料理』による歓迎に命を懸けているので、ここはもぬけの殻だった。
「俺は隊長失格だな。今回、何人死んだ?近藤さんの部下。近藤さんとその家族につまらない情けを懸けたばっかりに、近藤さんの自殺の道連れ百人越えか。一人を殺して二人を生かすのが正しい……そう思ってきてこのざまか。近藤さんの『妻子』をどうにかすれば……俺にはできねえな。俺の手は汚れてるが、『鬼』になりきることができてねえんだな。そんな『甘ちゃん』の俺をカーンの爺さんは笑ってんだろうな」
そう言って嵯峨は医務室の薬品の入った扉をポケットからカギを取り出して慣れた手つきで開ける。そこには劇薬の類が並んでいた。嵯峨のぼんやりとした視線は変わることが無かった。
「気高い死を望む奴ほど心が脆いもんだ。肉親や仲間にちょっとひどい目を見せてやれば簡単に壊れる。『
嵯峨の顔に落胆の表情が浮かぶ。致死量数グラム以下の劇薬の小瓶を一つ一つ手にとっては棚に戻す嵯峨。そこにはまるで感情の色が見えなかった。
「なんだか俺の人生『負け』ばっかりだな。生まれるともうその国は負けが決まってた、親父には負けて国を追われた。育った『甲武国』は『
そう言って嵯峨は一つの青い小瓶を手に取る。それは『テトロドトキシン』と書かれた小瓶だった。
「ふぐ毒ねえ……うちの『釣り部』の連中にはフグ調理師の免許持ってる奴もいるから大丈夫だろ」
嵯峨は静かに『テトロドトキシン』の小瓶を棚に戻して薬品庫にカギをかけた。
「ただ、究極の『剣士』が見つかった。神前は『法術師』として『覚醒』したんだ。爺さんとの勝負には負けたが、これから俺は『廃帝』や『ビッグブラザー』と戦争をする予定だ。そっちの勝ちは譲れねえよ。だから最終的に俺は勝ってるんだ。悪かったな、じ・い・さ・ん」
薬品庫に目をやる嵯峨の口元に微笑みが浮かんだ。
「ただ、今回の神前の『法術師としての覚醒』で、俺やランの見た目が年齢と合わない理由が『全宇宙』にばれちまった。俺達、遼州人『リャオ』が文明を必要としない超能力者集団だってことがばれちゃったんだよ。『地球圏』で知ってるのは進駐している軍隊だけだからいいけど、遼州同盟の偉いさんは大変だな……とんでもない『パンドラの
嵯峨は静かにだらしなく着こんだ司法局実働部隊の制服のネクタイを締めなおして医務室の入り口に足を向ける。
「とりあえず『勝った』らしいから……盗聴中の『ビッグブラザー』関係者のみなさん……俺、とりあえず勝ったんで」
そう言って嵯峨は悠然と医務室を立ち去った。