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第31話

 コードルルーが『ぷんすか怒っている』のは紛れもない事実だった。
 何に対して怒っているのか? ──これだ、と一つに絞ることはできなかった。
 まず、ギルド。
 自分が所属している組織に対してだ。彼ルルーは、今まで疑うこともなくギルド員である自分に誇りを持っていた。またギルドの方も、自分を所属員として雇っていることに誇りを感じてくれているものだと信じて疑わなかった。
 自分たちは、よい関係を結んでいるのだと思っていた。無論些細な意見の対立や議論、歩み寄り、落とし所の模索、そして数えきれないほどの対話、そういったものを積み重ねてはきた。それらを経て自分も、そしてギルドも、互いに成長し今ここに在るのだ。
 そう思っていた。少なくともルルーは。あの『情報』を得るまでは。
 ──いや……大体なんで私はあんなことを訊いてしまったんだ?
 次に、自分自身。
 彼はマダガスカルに到着後、早速対象動物の気配を捉えた。キツネザルの仲間だ。子どもを連れている。迷わず接近を試みるが、キツネザルはまるで磁場が働いたかのように、ルルーから一定の距離を保ったままこちらを見上げもせずどんどん遠くへ去って行く。
「ああもう、霊長類は小賢しいな」ルルーは苛立ちと焦りに呑み込まれそうになる自分を感じてさらに苛立った。
 しかし突然キツネザルたちの動きに乱れが生じた。と思った直後、彼らのいた場所から一頭の別生物が飛び出して来た。フォッサだ。イヌとネコを取り交ぜたような顔立ちで、どすどすと踵で地面を踏みつけ走る。その口には、キツネザルの子どもが一頭咥えられていた。
 こちらに向かってくる。
「腹ぺこであまり周囲が見えてないんだな。お疲れ」
 ルルーのかけたその言葉が、多分最後に聞いた情報となったのだろう。フォッサと、キツネザルの子どもにとっての。
 彼は二体を確保した後、すぐに高度を上げ次へ向かった。その途中で本部に報告する。そしてその報告途中に、彼はふと、思い付いてしまったのだ。
 ああ、訊かなきゃよかった! 自分に怒りが沸く。なんだって思い付いた端から外部へ垂れ流すんだ? 黙っときゃいいものを! ああ浅はかで愚かで未熟な生物だよ俺は、まったく!
 つまるところ彼は本部に訊いたのだ「そういえば、先日伝えたレイヴンの件はどうなってます? 何か進捗は?」と。
 訊きながら薄く予想していた、現在どのように対処すべきか方策を検討中であるという反応が返ってくるのだろうと。しかしそうではなかった。返ってきたのは、
「レイヴンはすでにこちらの仕掛けた罠にかかった」
というものだったのだ。
「え?」ルルーはまたしても、後で自己嫌悪の要因となるようなすっとぼけた声を挙げてしまった。「罠? って?」
「過去コードネネーが捕獲した動物の遺伝子を再生し、地球へ送り込み、レイヴンをおびき寄せることとなった。レイヴンはまんまと罠にかかり、現在地球に滞在を続けている。レイヴンと彼が連れている動物たちを見つけ次第捕獲するようにと通達済である」
「──」ルルーは受信帯を隅から隅まで走査した。「それ、私は受け取っていませんが」
 相手は即答せず、数拍動の間を置いた後「コードルルーは大元の情報源であるため通達経路が通常とは異なり監査Dブロックの検視考査局において」
 後は聞かず交信をぶち切った。「はい、わかりました」その後そう言う。「レイヴンはまんまと罠にかかったんですね。いつの間にやら」
 そう。そして、レイヴン。
 何やってやがるんだ。罠にかかっただと?
 なんでとっとと母星に帰らなかったんだ! うすらとんまの呆け触手野郎が!
 自分でも不思議な位、ルルーは怒りと苛立ちに包まれ焼かれていた。
 そんな状態で、任務が首尾よくこなせるわけもなかった。彼はマダガスカルに来てからこっち、最初のフォッサとキツネザルの子の後まったく成果を出せぬまま乾燥した大気の中を彷徨い飛んでいるだけだった。

「双葉、発見!」

 そう叫ぶ、まるで真っ青な空の色を音にしたような澄んだ声を聞くまでは。
「え……?」ルルーはぼんやりと地上を見下ろした。
 黒い体──いや、白い体? 直立しこちらを見上げている。嘴があり、羽を左右に広げたり閉じたりして、不器用そうに覚束ない足取りでよたよたと歩く。
 それは、マダガスカルペンギンだった。

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