第171話 『魔法』と地球人が呼ぶもの
「私も軍の情報部がヤンキー共が隠しきれなかった『魔法』に関する資料に目を通したが、直接この目に見るまではその中身を信用するつもりは無いよ。ヤンキーが来ないのは見るまでも無く、彼らが『魔法』と呼ぶ遼州人の力のその被害にあったことがあるんだろうね。これはあくまで私の私見だが」
「それでは諜報部からの十九年前のネバタ州の実験施設の事故と言うのは?」

カルビンは静かにずれたピケ帽を直しながら言葉を発する。十九年前にネバダのアメリカ陸軍実験場であったという大規模爆発についてはこの場にいる誰もが耳にする機会を持っていた。
「まず間違いなく我々がこれから目にするであろう事実と関係がある。その事だけは確かだろう。ゲルパルトの秩序の守護者を自認する老人から私的に送ってもらったメモにも、驚天動地の大スペクタクルの末に、甲武国の貴族主義者が最期を迎えるとあった。それほどうまくいくとは思わんがね。『魔法』とやらがどんなに優れたものであっても五十倍の戦力差を覆せるとは私には思えん」
静かにデブリの中に戦艦の巨体が吸い込まれていく。
「艦長。無人偵察機の用意は出来ているか?」
カルビンは少し離れた所で海図を見ていたマルセイユの艦長にそう尋ねた。
「全て問題有りません!遼州同盟司法局実働部隊の実力と言うものの全てを知る事ができるでしょう。司令はそうおっしゃりますが、嵯峨惟基と言う男のことを考えると勝算も無くこんな無茶な戦いを仕掛けるとは思えませんが」
にこやかに答える艦長の言葉にカルビンは表情をこわばらせつつ頷いた。
「確かにそう言う見方もできるね。嵯峨惟基。そう簡単に手札を晒す人物ではない。私の聞いてる限り、そう言う男だ。ただし確実にいえることは、これから我々は彼が仕組んだ一つの歴史的事実を目の当たりにする事になると言う事だ。不本意では有るが、我々はもう既に彼の手の内にある。そして彼は何手で我々をチェックメイトするかまで読みきった上でこの事件を仕組んだ。私はそう考えているよ。ルドルフ・カーンは今回の対局は負けと踏んで、次の対局に備えている……やはり、『一流』は違うという所かな」
明らかに不機嫌な提督の反応に、艦長は息を飲んだ。
「原子力爆弾の投下が時代を変えたように、超空間航行が人類の生活空間の拡大を引き起こしたように、明らかにこれから我々の目にする事で時代が変わる。確実にいえることはそれだけだ。地球人の私には不本意な話だが」
そうはき捨てるように言うとカルビン提督は静かに眼を閉じた。