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第165話 その父親と

「お父様、お姉さま達の参加する『特殊な部隊』の作戦ですが……まもなく始まります」 

 甲武国の首都、帝都の屋敷町の中でもひときわ大きな(おもむき)のある旅館があった。甲武建国時に創業したという伝統ある旅館は、政治家達のここ帝都での活動拠点として使われることが多かった。そんな格式の高い旅館でも一番品があるとされるところがここだった。

 一人の青年海軍将校の姿がその三部屋からなる一室、枯山水が見える和室に甲武国海軍式の儀礼服姿で正座していた。中性的な面差しは凛々(りり)しく、さわやかな短髪がその美しい美丈夫の面差しを飾っていた。

 しかし、青年将校の胸のあたりを見ると普通の感覚の人なら違和感を感じるはずだった。

 その胸のふくらみはどう見ても女性なのである。

 その『男装の麗人』は、かの『機械魔女』の妹、日野かえで海軍少佐だった。

 庶民的な西園寺家の家風が合わなかった彼女は、名門『日野家』を再興してその当主としてこの旅館の最上級の部屋を愛してやまない父、西園寺義基の前で静かに正座していた。

 
挿絵


『甲武のペテン師』

 そう呼ばれることもある彼女の父である甲武国宰相、西園寺義基は、義弟(おとうと)嵯峨惟基の毛筆で書かれた書類を熱心に読み続けていた。

「しかし、いくら『廃帝誅滅』の為とはいえ、『法術師』公開にこの甲武国を利用するとは迷惑な話だ。まるで俺がこの機会を利用して俺が主導で『官派』を叩いているみたいじゃないか。まあ、近藤君は遅かれ早かれ憲兵隊にしょっ引かれる運命だったかもしれんがな。彼は少しせっかちすぎた。官派でも弱気な陸軍高官が彼と密談したと陸軍大臣に密告してきたそうだ。どこにでも裏切者がいることを近藤君も冷静な判断ができる人間だったら思いついただろうに」 

 西園寺義基の書類を眺めながら、かえでは目の前の茶を啜った。

「『お姉さま』からは何か話が無かったのですか?」

 どこか色気と姉への『禁断の愛』を感じさせるかえでの口調に義基は苦笑いを浮かべて話を始める。 

「かなめからか?いつも通り『女王様』……この国風に言うと『関白太政大臣』になる方法を言ってきたから、『なれば?』って言っといたわ。あいつの結婚相手を考える手間がなくなるのはいいことだしな……まあ、西園寺家(うち)は『個人主義』だから。確かにいつまでもあの地位が空白って訳にもいかない。ときが来れば誰かが推挙するだろうね」

 義基はかえでの言葉にやる気もなくそう答えた。

「地球のいくつかの政府の特使が三時間前にここに代表を送って来たんだ。そいつ等『法術師』の公表に関して『これでお願いします!』なんて俺も知らんような計画並べ始めてたよ、国交のないはずの地球の連中がだ。地球圏は近藤さんを『亡き者』にすることには大賛成だとさ。まあ、誰か『大人』がけしかけたんだろうなあ……。甲武国(このくに)法律(るーる)では『国家反逆者』の家族と知り合いは『流刑』だからな……十万円盗んで『死刑』にする国だもの……まあ『官派』の連中に言わせるとそれが『伝統』なんだろうけど」 

 分厚い『特殊な部隊』の隊長であり義基の義弟、嵯峨惟基特務大佐からの分厚い毛筆の書類をかなりの速度で読み終えた後、西園寺義基は静かに言葉を飲み込んで腕を組んだ。

「次の庶民院に提出する法案ですか?新三郎叔父様が書かれた……さすがは陸軍大学校首席でいらっしゃる」 

 かえでは父のいつもの乱暴な口調を無視してそう言った。西園寺家で嵯峨は嵯峨家に養子に行く前の嵯峨の旧名である『新三郎』とよばれていた。

「そうだ。先の国会で審議不足で先送りとなった憲法の草案と、それに伴う枢密院の改革法の原案だ。まあ惟基は最高学府の鏡大(きょうだい)の法科の博士課程を陸軍大学のついでに通ってた奴だからな。第三者的立場で冷静に現状を分析できればこれくらいの物は簡単に作るよ、あいつは」 

 『甲武国』は現在、『官派』の決起を読んでの戒厳令下にあった。それを敷くことを決意した宰相とは思えない柔らかい表情を浮かべて西園寺義基は茶を啜る。かえでは父と『敬愛する姉』の共通点であるたれ目を見て、自分の凛々しいまなざしには無い『愛する姉』西園寺かなめとの血のつながりを見つけて奇妙な安心感を感じていた。

「僕が通っていた貴族の学校『高等予科』では伝説ですからね。叔父様は法律、経済がらみの授業だけ(・・)は起きてたって」 

「まあな、それ以外の授業の時は校庭でタバコ吸ってたらしいからな……真似した馬鹿貴族が、何人も留年してる」 

 義基はそう言って顔を上げた。

「高等予科じゃ、俺と惟基、それにかなめか。三代続けて問題児だったからな。その中で成績はなぜか惟基が一番なんだ。頭の中に電子辞書がつまってる『サイボーグ』のかなめより上なんだぜ?まあ、確かにこの草案、貴族だってことだけで議員席に座ってる馬鹿でも反対できない内容だな。それに運用次第ではそいつ等を政界から追放できる文言まである」 

 それだけ言うと西園寺義基は立ち上がり廊下の方へと歩き出した。

「お父様!」

 かえでは立ち上がって制止しようとした。近藤が決起しここ帝都でも官派の過激派が西園寺義基の命を狙っているかもしれない。しかし西園寺義基は、振り返って穏やかに笑う義基の表情を見て手を止めた。

「安心していいよかえで。この部屋を狙撃できるポイントはすべて遼州同盟の司法局の公安機動隊が制圧済みだよ。さすが、『武装警察の特殊な部隊』の隊長、嵯峨特務大佐のご威光という奴だな」 

 テラフォーミングから四百年もたった大地の風は穏やかだった。甲武国の首都、帝都の空は赤く輝いていた。

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