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第160話 『国士』と『汚れた英雄』

「話は変わるが、カーンの爺さんはどうしたのかな?逃げたのかな?俺達の前から……そんなに俺が恐いのかな?前の戦争じゃそれこそ敵のことを狡猾な手口で追い詰めることで有名だったのに……耄碌したか?」

 この嵯峨の言葉は効果的な『一言』だった。

 表情を殺していた近藤の鉄面皮が完全に動揺の色に染まる。

『……貴様……なんでそれを……』

 近藤は我慢してきた一言を漏らしてしまった。この通信は完全に『策士嵯峨惟基』の独壇場と化した。

「いや、逃げたってことは耄碌していない証拠だ。あの爺さん。変な妄執にとらわれてるが、あの人の頭には『脳味噌』が詰まってる。あんたみたいな『八丁味噌』じゃなくて、人間にふさわしい『脳味噌』って奴がね……」

 力みの感じられない嵯峨の言葉はどこまでも自然だった。その態度が近藤をいらだたせるが、嵯峨はかまわず続けた。

「当然、今回は逃げたろうなあの爺さんは。あんた等武家(ぶけ)みたいにプライドだけで逃げることを知らない『糞袋』に義理立てする人じゃねえわな。それじゃあ無ければもうとうに『地球の敵対政府』に『戦争犯罪』容疑でお縄になってる。あんたは単なる(おとり)。遊ばれてるんだよ、あんたは」

 そう言って嵯峨は吸いかけのタバコを床に投げた。近藤は何も言えずにただ怒りの表情で嵯峨をにらみつけるだけだった。

「もっと言おうか?あんたの部下で実際使えるのは1割以下なんだ。他は単なるあんたへの『義理立て』で戦場にいるだけの『障害物』なんだよ、俺達から見たら。もしあんたの決起が失敗して罪を問われることになったら、甲武の法律じゃ家族ともども打ち首獄門だ。そんな危ない橋を渡る勇気がある奴がどれだけあんたの部下にいるか……」

 嵯峨はそう言うと皮肉を込めた笑みを浮かべて画面を見上げる。

『そんな馬鹿な!我々の意思は決して揺るぐことが無い!『貴族の名誉』を回復して『真の甲武国』に革新するために……』

 近藤が演説を始めようとするのを嵯峨は手で制した。

「ヒトラー亡き後のナチスは、代行の総統がちゃんと連合軍に降伏してるよ。関係者もすぐに地下に潜って逃げ出してる。あの『鉄の団結』とかを掲げる、『ナチスドイツ』ですらそうなんだ。歴史はそう教えてるんだから認めなよ。近藤さん。あんたは負ける」

『『歴史』は『歴史』だ!我々が新たな『歴史』と『秩序』を打ち立てればそれでいい!』

 唾を飛ばしながら近藤は叫んだ。

 だが、嵯峨はそんな嵯峨に興味がないというようにぼんやりと近藤の顔を眺めていた。

「人間は基本的に『生きたいんだ』。理想のために死ぬのは格好がいいけど、そんなに簡単に死ねるのは一握りなの。お前さんの乗艦の『那珂』のブリッジの士族出身の連中は、確かにそのレアスキルを持っていて戦力にはなる」

 嵯峨は退屈そうに話を続けた。近藤は仕方なくその言葉を聞いているだけだった。

「だけどさ、他の兵隊はどうかな?俺がちょっと、そいつらの家族にあてた『私信』をのぞき見たら……死ぬ気はないよ、あいつ等。あんた等『士族』と違って連中は『平民』だもの、主君に義理立てする必要はないもの。日々の生活で精いっぱいなんだ。近藤さん達と一緒に地獄に落ちるつもりは無いよ……さて、そいつ等が戦力になるかな?」

 何気なくつぶやく嵯峨の言葉に近藤は激高してこぶしを握り締めた。

『『私信』だと!そんなものを見て恥ずかしくないのか!貴様は正々堂々と戦うつもりはないのか!』

 裏仕事に従事したことは有るものの、近藤は兵士達の私信を覗き見るような嵯峨ほど卑劣な手を思いついたことが無かった。

「うん、無いよ。俺はプライドゼロが売りだもの。前だけ向いて勝てるなら将棋でもやりな。ついでに戦争もサバゲにしといた方がいいや……撃ち合うのはBB弾でやろうや……我ながらいいアイデアだな。そうすれば人は死なねえ」

 怒りに任せて叫ぶ近藤に嵯峨はやる気のない表情で答える。

「『甲武国』の憲兵資格ってのは便利でね。『司令部勤(づと)め』の近藤さんには理解できないでしょ?そんなところに戦争の結果が噛んでるなんて。兵隊もね、人間なんだ。彼等には『戦後』を生きる義務と権利がある。俺達職業軍人はそれを時々忘れちまうんだよ。でも、あんたも前の戦争が終わった後まで部下達の面倒見たの?見てないでしょ?それがあんたの頭の中の『八丁味噌』の限界だ」

 近藤の怒りに震える顔を見ながら嵯峨はそう言い放った。

「そこまで見られちゃうんだな、俺達、諜報や憲兵をやってた人間には。憲兵隊には兵士の『私信』を検閲する権限があるんだ。『甲武国』の軍人の家族とか恋人とかに宛てた手紙を見る権限が俺にはある。他の軍隊にも大体あるよ、似たようなのが。俺はそいつに『嘘』を混ぜて敵の『兵隊』を使い物にならなくするようなお仕事もした経験があるわけ。いやあ、見事に引っかかったよ『お馬鹿な地球圏の兵隊』達。おかげで戦争が始まった当初はあんた等『甲武国軍上層部』の無能を証明するような作戦でも通用したんだ。その点は感謝してもらわないと『作戦屋さん』」

 近藤は嵯峨と言う男を図りかねていた。

 同志であるルドルフ・カーンが言うように、嵯峨が『食えない男』であることは認める。

 だが、やり方が汚すぎる。私情を利用して兵隊をかく乱しての勝利など近藤は望んではいなかった。

「汚いものを見るような視線だね、近藤さん。戦争とはそもそも殺し合い。『きれい』とか『汚い』とか贅沢は言えないんだ。違うかな?俺は間違ってるかな?」

 近藤は『年齢と見た目が一致しない化け物』を目にしている事実に気づかないほど愚かではなかった。

「俺は『東都共和国二等武官』の仮面の下でそんなお仕事をしていたわけ。大使館の中で消息を絶った後の俺は『戦争の汚さ』をうんざりするほど見てきたんだ。だから、俺は戦争は嫌いだよ。近藤さんみたいに自分にとって都合のいい作戦を立案することで『甘い蜜』を吸ったことがねえからな、俺は」

 そう言って嵯峨は画面に映し出される近藤を『殺意』を込めた力強い視線で睨みつけた。

「近藤さん。俺達『特殊な部隊』、遼州同盟司法局実働部隊は、あんたを『クーデター首謀者』として()()する。俺と高名な『偉大なる中佐殿』ことクバルカ・ラン中佐がその首を落とす。多少の被害が出るが、くたばるあんたの知ったことじゃねえがな」

 画面が突然消えた。近藤が不愉快さのあまり通信を遮断した結果だった。

「自分の都合のいいようにしか物事を考えられない『脳なし』には、綺麗に見えるのかな?『戦い』は。さっき歴史云々言ってたけど……『歴史』は生き残った人間が書くんだ。死んだ人間には『歴史』を書く資格がねえんだよ。死人が描くそれはそれは単なる『ファンタジー』って奴さ」

 そう言うと嵯峨は、大きな展望ルームのガラスの外に広がる世界に目をやった。

「近藤の旦那は自分が負けた後家族がどうなるかって考えてんのかな……旦那の娘さんはそれはもう美しいお嬢さんだって話じゃないの。流刑地でそこを生き延びた『野獣達』犯されて殺されるその様を想像してるのかな……それも覚悟の上ってことか……そんな法律をあんたがた貴族主義達者達は認めてるんだから当然か」

 そこには宇宙のごみとなった『戦闘機械の残骸』が無数に浮かんでいた。それはかつての激戦の跡を思い出させる遺構だった。



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