第159話 相容れない『敵』
誠を見送った嵯峨はくわえたタバコを放り投げると、静かに身を起こして展望ルームのガラスに目を向けた。何もないはずの展望ルームのガラス一面に、水色の髪の女性の姿が浮き上がった。
「パーラか?通信の第159話 相容れない『敵』当番だったな……今の時間は。すまねえな」
そう言って嵯峨はニヒルな笑みを浮かべた。
『隊長……どうしたんですか?同盟会議からの命令が無茶なことなんて、いつものことじゃないですか!』
嵯峨は思った。『戦うことしかできなかったはずのパーラ・ラビロフ中尉が、いつの間にか実に魅力的な女性になった……』と。自分がこの部隊の隊長になって少しは良いことをしている。嵯峨はそんな感傷に浸りながら真面目な表情を浮かべる画面のパーラを見つめていた。
満足した笑みを浮かべた後、嵯峨の表情が難解な問題を解く学生のような感じに変わる。
「……いや、いい。それよりも、今つながってる通信は、どこからだ?」
パーラの戸惑う顔に中年男らしい老成した表情を浮かべた嵯峨はそう言った。
『……それが……よくわからなくて……『甲武国陸軍憲兵少将嵯峨惟基に回せ』と言う電文が連続して届いているので、隊長に報告を……と』
目の前の巨大モニターの中でパーラは頭を掻きながらそう言った。
「わかったよ。俺の予想した通りなら、またすぐに同じような電文が届く。それをなんとかキャッチしろ」
嵯峨はそう言って静かに目をつぶった。
モニターに投影されていたパーラの表情がすぐに緊張を帯びる。
『電文来ました!回線回します!』
パーラの言葉に嵯峨は表情を変えずに、パーラと切り替わって画面に投影された『近藤貴久中佐』中佐の顔を眺めた。
『甲武国、『四大公末席』、嵯峨惟基憲兵少将閣下……』
「違うよ。俺はただの『嵯峨特務大佐』。『特殊な部隊』の隊長だ……閣下なんて柄じゃねえよ」
画面に映った近藤はそう嵯峨に向けて言った。少し考えごとをしているようなぼんやりとした表情の嵯峨は、静かに胸のポケットのタバコを取り出しながら近藤を見つめながら口を開いた。
『ならば嵯峨大佐。少しお話はできないでしょうか?』
近藤はそう言ってにやりと笑った。嵯峨はめんどくさそうにタバコに火をつけて展望ルームの画面いっぱいに映る意志の強そうな男の顔をにらみつけた。
「近藤さん……命乞いかい?」
嵯峨はそう言ってタバコをふかした。その目はぼんやりと展望ルームのガラスに映し出される『海軍官派決起の中心人物』近藤貴久中佐を眺めていた。
『何をおっしゃるかと思えば……自分は、閣下のように『生きることに執着する』タイプではありません』
近藤ははっきりそう言って挑発するような視線で嵯峨をにらみつける。
「そうかい、生きてりゃ俺に復讐する機会もあるんだが……あんた等武家の『八丁味噌』が詰まった頭じゃわからんか」
タバコをくゆらせる嵯峨に近藤は見下したような笑みを浮かべた。
しばらく二人の間に沈黙が流れる。
嵯峨は静かにタバコを吸うばかりで口を開こうとしない。近藤もまた、目の前の『異様に若く見える策士』の考えが読み切れずに黙り込んでいた。