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ステフへの提案

 私たちは三人で夜遅くまで取り止めもなく話をする。止まらない会話にいつしか意識が遠ざかっていった。
 目の前に眩しい光を感じて、重い瞼を開けると、全員が椅子に座ったまま、机に伏せていた。あのまま寝てしまったことを理解する。
 このような夜の明かし方は初めてであった。座ったまま寝たことで硬直した筋肉をほぐしながら二人が起きるのを待つ。

「おはようございます」

 身体の筋を伸ばし、すぐに出発できるように準備しているうちに、目を覚ましたのはステフだ。

「おはよう」

「あの! 兄さんをここまで連れてきてくれて、本当にありがとうございました。兄さん、凄く感謝してて、それでもやっぱり改めて伝えるのは照れくさいって言ってて……」

 ステフは起きると同時に、私の顔を見て一気に話をする。私は椅子に座り直しステフと話を始めた。

「初めてここに来たときに、礼は言われたが」

「その後のこともです。僕の後を追いかけてきたことも、お墓に行ったことも、アイシュタルトがいなきゃできなかったって。そう言ってました」

「昨夜、私が寝てしまった後の話か?」

「はい。兄さん、多分言えないと思うので、僕から伝えておきます」

「そうか。わざわざありがとう。だが、ルーイに感謝してるのは私の方だ。道案内だけでなく、他にも色々なものをもらっている。だから、気にしなくて良い」

 ルーイと出会って変わっていった自分のことを思えば、これぐらいのこと、どうってことはない。

「僕から伝えたって、兄さんに内緒にしておいてくださいね。多分、怒られますから」

「内緒なのだな。わかった。黙っておこう」

 その後、服を着替えている最中のステフの体つきを見れば、剣を振るうのに悪くはない筋肉がついているように思う。ルーイよりも身長は低いが、引き締まった体に、旅商人の過酷さがわかる。

「ステフ、しばらく一緒に行動して、剣の扱いを身につけてはどうだろうか」

「えっ?」

「ルーイは逃げるのも隠れるのも上手い。あれは素晴らしい才能だ。だが、ステフはそこまでの逃げ足ではなさそうだ。それならば、犬を倒せるぐらいの剣術を身につけてもいいと思うが、どうだ?」

 用意を整え終わったステフが私と向かい合わせに椅子を向けて、話を続ける。

「お、教えてもらえるのですか?」

「その方が、今後旅商人を続けるうえでも得策だと思うが」

「お願いします! いつも逃げるしかなくて困っていたんです。自分で何とかしようにも剣はあのようなものだし、余計な時間もお金もかけられなくて、商品を放り出して逃げたこともあるんです」

 その時のことを思い出したように、ステフが下を向く。命があるのだから……とも思うが、やはり商人としては不甲斐ないか。

「あぁ。私が訓練をつけてやる。心配するな。街へ着いて、剣を頼んだら、しばらく滞在することになる。その間の話だ。仕事は、大丈夫なのか?」

「はい。カミュートに来るときは急ぎの仕事は持ってこれません。ここに来なければならないので。それに、今回はコーゼにも行かないと決めたので、特に何もないのです。食べるものと宿代だけを心配するだけです」

「ククッ。ルーイと同じだ」

「ステフはさぁ、商人なんだろ?」

 突然聞こえてきたルーイの声に、ステフと私は二人で振り返った。会話に参加してきたルーイはいつから目覚めていたのだろうか。

「兄さん。起きてたの?」

「うん。今さっき。商人ってさ、物を売るルート持ってるだろ?」

「そりゃあ、仕事だからね」

「そこで、獣って売れる?」

「獣?! 狩ってくるってこと?」

「あぁ。売れる?」

「売れるよ……でも、僕狩れないからさ、売ったことはないよ」

 クッ。以前言っていた私が獣を狩って、売りに出す話か。やはりあれは冗談ではなかったのか。
 ルーイの突然の話に目を丸くしているステフに、同情するしかない。

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