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ルーイとの約束

 ルーイの両親の墓はサポナ村から山を少し登って行き、そしてサポナ村を見渡すことのできる場所にあった。

「山の中でしたら、コーゼ軍も荒らしたりしませんから」

 ステフがそう言って、墓まで案内してくれた。三人で墓を前に頭を下げる。

「僕の力では体を持ってくることはできませんでした。その代わりに、両親の髪の毛が埋葬してあります」

 ステフはそう言うと、少し申し訳なさそうな顔を見せるが、まだ幼い子どもが両親を亡くして、兄と別れて、ここまでできたのだから、十分だろう。
 ルーイを煽って、半ば八つ当たりをした様な形で引っ張ってはきたが、墓を目の前に深々と頭を下げる様子を見ると、無理矢理にでも連れてきて良かったと思う。

「ステフ、父さんと母さんは、やっぱりあの時……?」

「ううん。あの時はなんとか逃げ延びたんだ」

 墓参りを終えた帰り道、ルーイがステフに尋ねたのは両親の最期であった。

「兄さんはあの時、あのまま街まで走って行ったよね?」

「あぁ。俺は足が早いから、まっすぐ街まで行けって、そう父さんに言われて」

「僕はまだ小さくて、街まで行く体力もなくて、さっきのお墓のあった山に三人で隠れたんだ。それで、コーゼ軍がいなくなった頃合いを見て、また家へ戻った」

「っ……」

 私にはその後の展開が予想できてしまった。そして、その最悪な予想に息を呑む。

「アイシュタルトにはわかりますよね。さすが」

「あんなもの、わかりたくもない」

「何が? 何がわかるんだよ」

 ルーイが私に詰め寄ってくる。ステフに視線を向ければ、了承を示す様に頷いた。

「コーゼ軍は、村人を追い出したと思ったんだ。全員追いやって、その後でゆっくり、あらゆるものを強奪したのだろう。ルーイの両親は、その場に居合わせた」

「そうです。居合わせた両親は、何も抵抗できずに……私は建物の影で怯えるしかありませんでした。倒れた両親をのこして、もう一度山へ戻ったのです」

「コーゼ軍は、そんなことまで!」

「ルーイ。兵士は誰もがそれを行うことを止められてはおらぬ。そのうえで、やるかやらぬかはそれぞれだがな」

「アイシュタルトもか!」

「したことがないとは言わぬ。ただ、城で雇われていた私に、やる意味はあまりなかった」

 チッ! ルーイが舌打ちと共に私から視線を逸らす。仕方がない。隠しようもない事実だ。

「兄さん、アイシュタルトは何もしてないんだから」

「アイシュタルト」

「何だ?」

「もう、二度とそんなことしないでくれ」

「ククッ。わかった。約束しよう」

「約束したからな! 絶対だからな!」

「あぁ」

 私は頷くと、その場に剣を突き立てた。そして、その剣の前に跪き、柄頭(つかがしら)を額に当てる。

「騎士の命である、剣に誓おう」

「そ、そんな……」

「これで良い。もう2度と破れぬ誓いだ」

「そんなことまで、しなくても……」

「こうすれば、ルーイは私との約束を信頼してくれるだろう? それならば、これぐらいのこと、大したことではない」

 この様なことで、ルーイの信頼が得られるのなら、容易いことだ。

「悪い。アイシュタルトが悪いわけじゃないのに」

「私は謝られるようなこと、何もされておらぬ」

「うん……ははっ。そうだよな。アイシュタルトがするわけねぇよ。やったのは、コーゼのやつらだ」

 私に向けられる顔が、嫌悪や憎悪にまみれたものでないことに安堵する。私の鎧がまた剥がれ落ちた。
 カミュートにきて、自分の心が変化してきているのを感じる。人を信頼し、人と一緒に笑い、城にいたときは考えられなかった感情が自分の中に生まれていた。
 姫には二度と会えなくとも、カミュートに来て良かったと、心より思う。私はきっと、この国のために、大切な友人のために、剣を振るうことができるはずだ。

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