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会いたい人を想う

「だが、わかっていたのに、会いたくないと言っていたではないか」

「俺、逃げ出したからさ。恨まれてるかもって思ったんだよ。ステフはきっと大変な思いをして、この家を直した。そんな時にそばにいなくて、どんな顔して会いに行ける?」

「恨んでなんか! 僕は、兄さんに会いたかったんだ。ここで待ってれば、いつか会えるんじゃないかって。綺麗に整えてれば、気づいてくれるんじゃないかって。そう思ってて……」

 ステフが言いながら俯いた。自分の気持ちが相手に届いていないというのは、誰でも辛いものだ。

「遅くなって、ごめんな。ステフにばかり、頑張らせてごめん」

「ううん。僕が勝手にやっていたことだから。兄さんにやっと会えたから、それで良いんだ」

 ルーイとステフが何年かぶりの再会に顔を見合わせて笑う。ルーイを連れてきて良かった。生家まで引き連れてきて良かった。
 二人がお互いの無事を喜び合っているのを見ながら、私はふと姫のことを思い浮かべる。どうしていらっしゃるのだろうか。コーゼでお幸せに暮らしているのだろうか。
 城の庭で摘んできたあの花は、私の荷物の中に大切に保管されている。その花を見ながら、姫を思い出すことも減った。
 どうせ会えないのであればと、姫の気配のないカミュートに来ることを選んだ。姫への想いを忘れることはできなくても、奪いにいきたい衝動は抑えなければならない。それならばいっそのこと、手の届かない場所にいて欲しかった。私の知らぬところで、幸せになってさえくれれば良かった。
 あの絹糸の様な金色の髪を、雪の様に白い肌を、宝石のように深い緑色の瞳を、紅色の唇を、くるくると変わる表情を、目を閉じれば今でもありありと思い出すことができる。
 私に向けられる微笑みを、私の名を呼ぶ声を、思い出してしまえば、またしばらく想いを忘れることはできないだろう。だがこの二人のように再会できる可能性はない。

「アイシュタルト? どうした?」

「何でもない。大丈夫だ」

「どうする? 街へ戻る?」

「ステフは一緒に行くのか?」

「僕は、お墓参りに行く予定なんです」

「墓?」

「はい。両親の」

「そっかぁ。そりゃ、そうだよなぁ」

 ステフの話を聞いて、ルーイが肩を落とす。墓ということは、両親は既に他界しているということだ。覚悟をしていても、現実になると、やはり落ち込むものである。

「ルーイ、私たちも行こう」

「え?! い、いや、そこまで行ったら、きっと今日中に街へは戻れない」

「ステフは街へは戻らないのか?」

「今夜はここに泊まります。兄さんたちもよければ」

「そう言ってもらえるとありがたい。ルーイを墓まで連れて行ってやって欲しい」

「アイシュタルト! 俺は、いいよ」

「何故だ?次はいつ行けるかわからぬ。教えてもらっておけば良いではないか」

「だって、俺に行く資格、あるのかな」

 次は資格か……恨まれてるだとか、力になれなかっただとか、家族のこととなるとルーイは情けないものだな。

「では、やめておけ。その代わり、私が行ってくる。そして、食い逃げで捕まったことや、戦えもせずに逃げ足だけ早いことや、ここでのその情けのない姿、全てを報告してきてやる」

「なにっ!」

「本当のことであろう? 嫌なら一緒に行って、私の口を止めれば良い」

 生身でなくとも再会できるのだから。両親が生きていた息遣いを感じる術があるのだから。手を合わせる場所が、思い出を語る場所があるのだから。大切な人を想うことが許されるのだから。

「ルーイ。両親に会いに行くぞ」

 私とは違うのだから、行こう。

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