第156話 動き出す時代
「来ちゃったね……神前」
『ふさ』艦内の隊長室で相変わらず嵯峨はタバコをくゆらせていた。
「しゃーねーだろ。それに隊長もそれを望んでるんじゃねーのか?」
いつものようにめんどくさそうにランはこたえる。
「いやあ、そうなんだけどさ。今回ばかりはヤバいよね……近藤の旦那、ついに演習場で音信を途絶して籠城を始めちゃったそうじゃないの……今月は七月だよ……二月二十六日じゃないんだからさ」
「まーな」
二人の間に何とも言えない微妙な雰囲気が流れた。
「それとだ、さっき命令が出た。『遼州同盟』の偉いさん達の連名だ。『甲武国』の『近藤貴久中佐』の身柄を確保しろって内容だが……」
「無茶を言うじゃねーか。相手はシンパがたくさんいる軍艦に乗ってんだぞ。それを……」
ランの言葉を嵯峨は手で制した。
「はっきり言っちゃあいねえが乗艦『那珂』を奴さんごと沈めろ……ってのが本音らしいわ。ちゃんと『抵抗された場合の発砲許可』は出てるそうだ。死んだ『甲武国』の軍人は全員『犯罪者』として『処刑』された扱いになるらしい。残酷な話だねえ」
ランを見つめたまま嵯峨はそう言った。その目はいつも通り死んでいた。
「端っから近藤の旦那を殺すつもりかよ……それにしても近藤の野郎の動きが早いな。誰かが後ろで糸を引いてるんじゃねーか?近藤の旦那をアタシ等の実力を『威力偵察』するための噛ませ犬くらいに考えて」
そう言うランの目は怒りに燃えていた。
「そうだろうねえ、今回の近藤さんの決起は『ある男』の威力偵察って奴だ。俺にはそいつの見当もついてるがね。同盟司法局の目的は甲武国不安定化を企む『その男』の意図を挫くこと。その為に『那珂』には沈んでもらう……近藤の旦那はそのための『
そう言って嵯峨はタバコをコーヒーの缶に沈めた。
「肝心の近藤の旦那は?」
「完全に捨て石を気取ってんだろ?自分が決起すれば甲武国軍の貴族主義の同志も決起してくれるって……そんなに世の中甘くないって。『官派の乱』の時頭を抱えて震えてた連中にそんな度胸は無いよ。近藤さんには迷惑だから切腹してもらいたいくらいだよ。俺は介錯は慣れてるから立候補したら籠城解いてもらえるかな?」
「馬鹿が……」
嵯峨の突拍子もない提案にランはあきれ果てたというように彼に背を向けた。
「どこ行くの?」
「アタシはパイロットだ。機体の組み上げを見てくる」
「ほんじゃあ頑張ってね」
相変わらずの駄目そうな嵯峨のつぶやきにため息をつくとランは隊長室を後にした。
「時代は動き始めた……近藤さん、アンタの手柄じゃねえよ……そうなる定めだったんだ……アンタはただの
そう言いながら嵯峨は少し冷酷な笑みを浮かべた。