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312 ルナの気持ち/巨木の点在する通りにて

 「ジン、現れてない?大丈夫?」

 ウテナは一転して、真剣な眼差しでルナに問いかけた。

 「うん、現れてないよ」
 「そっか、よかった」

 ルナの前に一度、ジンは現れている。

 「それにしても、よりによって、あの、マナトさんそのものの姿で現れるなんてね……」
 「うん……」

 しかも、ジンはマナトという、サライで出会い、アクス王国まで共行した商隊の中にいた人物に化けていた。

 協力して戦い、共に時間を過ごして親睦を深めた……いや、むしろ、ウテナの知る限り、ルナが初めて、なにやら特別な情念を抱いたであろう人物でもあった。

 「なぜ、マナトさんに……」
 「ぜんぜん、分からない。……でも、お父さまが言ってたの」

 ルナは、ウテナを見て言った。その青い瞳には、どこか悲壮感が漂っていた。

 「ジンは、接触した人物に、なにかしらの条件を満たすことで、その人物に化けることができるって……」
 「……」

 ……マナトさんの身を案じてるのね。

 「大丈夫よ、ルナ。マナトさんは、強いもの」
 「うん、……そうだよね」

 ウテナの言葉を聞いたルナは、笑顔でうなずいた。

 「条件って、なんなのかしら?」
 「それは、ぜんぜん、分からないみたい」
 「はぁ~」

 ウテナは顔を上げ、天井を仰いだ。

 「もう、なんなのよ、ジンって」
 「……ウフフフ」
 「?」

 ルナが、笑っている。

 「どうしたの?」
 「いや、別に。ただ、楽しいなっていうか、ウテナといると落ち着くって、思っただけ」
 「……ルナ、ごめんね」
 「えっ?」

 唐突なウテナの言葉に、ルナは顔に戸惑いの表情を浮かべた。

 「守られたくないって、一緒に戦いたいんだって、オルハン先輩に言ってたけど……私にも、言ってたんでしょ」
 「あぁ……うん」

 ルナは、小さくうなずいた。

 「ずっと、考えてた。ウテナとフィオナさんに頼りっきりな自分を、変えたいって。今も、そう」
 「……」
 「でもね、ウテナに言ってもらえて、嬉しかった。幸せよ、私」

 ルナは笑顔で、ウテナに言った。

     ※     ※     ※

 ムスタファ公宮をあとにし、ウテナとオルハンは、夜の、巨木が点在する通りを歩いていた。

 「……俺が、守るって言ったとき、ルナは、嫌だと言った」

 途中まで2人とも無口だったが、オルハンが沈黙を破り、言った。

 ……あっ、オルハン先輩、やっぱりショック受けてるのね。

 ここは、フォローを入れるべきだと、ウテナは判断した。

 「まあまあ、そんなに落ち込まずに、他にもいい人ならたくさん……」
 「あっ?なに言ってんだよ、ウテナ」
 「……へっ?」
 「その後の言葉、忘れたのか?一緒に戦いたいって、言ってただろ!俺だって……!」
 「あぁ、えっと……」

 ……まあ、たしかに言ってたけども。

 「んっ」
 「あっ」

 自然と、2人は会話を止めた。

 「……」
 「……」

 無言で、歩き続ける。

 ……誰かに、尾行されている。

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