第143話 役に立たない演習要綱
「ただいま戻りました……」
アメリアと別れた誠は詰め所に顔を出した。
銃の訓練と整備の後で体中にガンオイルの匂いが染み付いて離れない。
「なんだかずいぶんとなじんできたみてーじゃねーか」
ランはいつも通りかわいらしい笑みを浮かべている。
カウラは新人教育はランの仕事と割り切って、誠を一瞥しただけで書類の整理を続けていた。
「そうですかね……僕自身はどうも……」
煮え切らない誠のその言葉についにかなめが噴き出した。それを聞くと誠は穴があったら入りたい気分だった。
「なじんでんじゃねえの?良いことじゃん」

かなめは彼女らしく誠をいたずら好きなタレ目を見せながらつぶやいた。
「馬鹿話はそれくらいにしろ。来週の実働部隊の演習の概要だ。西園寺、神前。貴様等、ちゃんと読んでおけ」
カウラはそう言うと厚めの冊子を誠に手渡した。
「へいへい、カウラ。後でデータで送ってくれや……どうせドンパチになるんだ。新人の教導部隊がやりそうな訓練内容しか書いてないんだろ?読んでも意味ねえよ」
やる気がないかなめは、カウラから演習概要説明の冊子を受け取った。そして、読むまでもないと執務机の上にそれを投げた。
突然の演習と言う言葉。
いかにも『機動兵器を所有する特殊部隊』風の言葉に誠は違和感を感じていた。
その言葉の重みと手にした書類の重みに誠の胃は緊張して酸っぱい液体の製造を始める。
「これが新入りの僕を迎えての初の部隊演習ですか……」
「それがどうした?」
誠のつぶやきにカウラが表情を変えずにそう聞き返してきた。それを見た誠は、まったくの無表情と言うものがどんな顔だか判るような気がしてきていた。
「あそこはヤバいって何度も言ってたじゃないですか……前の大戦で甲武国軍の最終防衛ラインとして激戦が行われて、大量のデブリや機雷なんかが放置されているって話もありますよ……それに『近藤』とか言う偉い人がいつ決起するか分からないって言うのに」
誠の言葉にかなめの表情にあざけりが浮かんだ。
「何だ神前?ビビってんのか?情けねえなあ……やっぱりオメエは行くんじゃねえ」
かなめはあおるようにそう言った。彼女が激戦を乗り越えてきたことは良くわかるが、その人を小馬鹿にするような物言いには、さすがの誠もカチンと来ていた。
「行きますよ、僕は。分かりました!早速これ読みます!何事も無ければ必要になる内容が書いてあるんでしょ?読みますよ」
誠は机にかじりつくと分厚い冊子の表紙を開いた。
「役所の文章は読みにくいからな。とは言えそれが仕事だ、今日中に頭に叩き込んでおけ……近藤中佐が決起しなければただの演習で終わる。それだけの話だ」
カウラはそう言うと自分の席に戻って、再び書類に目を通し始めた。
誠もまたその一ページ目から始まる難解な語句を駆使している演習概要文章を何とか理解しようと覚悟を決めて読み始めた。