第140話 経済を握るもの
「あのーアメリアさん?」
本部裏手の射撃訓練用のレンジで珍しく真面目に射撃訓練中をしているアメリアの背後から声をかけた。
「なにーって……深刻な顔してるわね」
三マガジン目を撃ち終えたアメリアは振り向くといつもの糸目で誠を見つめた。いつものように長い紺色の髪と糸目が特徴のアメリアに見つめられて誠の鼓動は少し高鳴った。
「昨日、クバルカ中佐に寿司を奢ってもらいまして……」
「聞いてるわよ……よかったじゃないの。それだけ期待されてるってことよ」
アメリアはそう言うと射撃レンジの脇に部隊指定の銃であるHK33Eを置いた。
「それはおいしかったんですが……」
誠は照れながらも困惑した顔で話を続けた。
「僕は人を殺すかもしれないんですね」
少しうつむきながら誠はそうつぶやいた。
「そうね……東和宇宙軍に所属してたらたぶん実戦なんてしばらくは経験しないだろうしね……あそこはあくまで停戦宙域の監視業務しかないから……まあ誠ちゃんの腕じゃあそもそもあそこの虎の子の『電子戦対応型飛行戦車』なんて乗せてもらえないでしょうし。良くて輸送機の操縦。まあその仕事も無かったんでしょ?ずっと自宅待機でお給料がもらえなくて困って自主除隊するのを待たれるのが落ちよ」
アメリアはそう言うと誠の手からHK33のカービンタイプであるHK53を受取ってそのストックを収納した。
「確かにそうなんですけど……。そう言えば東和共和国は電子戦が強いと言いますけど、戦争を止めるほどなんですか?その強さって」
以前、アメリアに言われた『東和共和国は建国以来一人の戦死者も出していない』と言う話を思い出して誠はそう言った。
「今のところはね……もし、東和共和国に戦争を仕掛けようと準備を始めた段階でその国は『終わる』から」
「国が終わる?」
誠はアメリアの言葉の意味が分からずに聞き返した。
「戦争をするにも、平和に暮らすにも一番大事なのは『経済』……つまり『
「そんなこと無いです!人並みには……人並みより少し足りないくらいです」
明らかにさげすむようなアメリアの口調に反発したもののぼろが出るのは分かっているので誠は言いよどんだ。
「まあそう言うことにしときましょう。まず、秘密の閣議でもなんでもいいわ。そこで東和共和国に軍事的な圧力をかけるという合意がなされたとしましょう」
「偉い人が決めるんですね」
「『偉い人』って……他に社会人らしい表現が思いつかないのかしら。その情報が秘匿回線にでも漏れ出した数時間後……その国にある異変が起きるの」
「異変?」
アメリアの言葉の意味が分からず誠は首をひねる。
「そう、異変が起きる。それも経済的な……これまで何度かあった手としてはその国の国債の価格が三時間後には十分の一に暴落する……」
「そうなるとどうなんです?」
明らかに自分の言葉の重要性を理解していない誠のとぼけた顔を見てアメリアはため息をついた。
「国債って言うのは国の借金なの!その値段がその国の価値と言ってもいいわね。それが数時間で十分の一になるのよ。他にも時間が経つにつれて、株、社債、その他もろもろの有価証券の価格も急変して市場は大混乱……そうなればその国の指導者の首が飛ぶわ」
「はあ……」
理系脳の持ち主の誠には国の価値がなぜ国債や有価証券の価格で決まるのか今一つ理解できなかった。
「じゃあ、誠ちゃんでも知ってる歴史的事実を話しましょう!第二次世界大戦!これならわかるでしょ?」
珍しくイライラしながらアメリアは誠にそう言った。
「それくらいは知ってます!日本とドイツがアメリカと戦争したって話でしょ?」
誠は少ない歴史的知識を総動員してそう答えた。
「まあ……半分正解ぐらいにおまけしとくわ。その原因はその十数年前の世界的経済崩壊。それが経済のブロック化を招き、極端な思想に凝り固まった政権を生んで暴走したのが第二次世界大戦の原因よ」
誠はまた『経済崩壊』や『経済のブロック化』とか言う専門用語が理解できずに呆然と立ち尽くした。そのまるで分かっていないという表情にアメリアのいつものアルカイックスマイルが崩れる。
「あー!嫌だ!誠ちゃんは本当に社会常識ゼロね!ともかく、東和共和国の兵士一人を殺すと殺した国の国民がほとんど失業して生活できなくなるの!そしたら、その国の政府は持たないでしょ?税金を払う人が居なくなるんだから!」
半分自棄になったようにアメリアはそう叫んだ。