第138話 愛国者の演説
甲武国海軍加古級重巡洋艦『那珂』。この艦は第六艦隊本隊とは離れて行動していた。第二惑星『甲武』の軌道上のデブリ地帯の中にその姿はあった。
そこは甲武国第三演習宙域にある揚陸戦用コロニー群と呼ばれる場所だった。そこは二十年ほど前の『第二次遼州大戦』の激戦地として知られていた。進軍する地球軍の支援を受けた遼北人民共和国軍を主力とする『連合軍』と、それを阻止しようとする『祖国同盟軍』の『甲武国軍』が激しくぶつかった宙域である。八年前にここを管理していた『東和共和国宇宙軍』から『甲武国』に返還されたこのデブリだらけの宙域は、甲武海軍の演習場として利用されている。
巡洋艦『那珂』の幹部用私室、近藤貴久中佐はモニターに映る彼と同じ『官派』の同志達の堂々巡りの評定をうんざりした顔で眺めていた。
『近藤君。君が言っていることは分かる。私としても今の西園寺内閣の『同盟協調主義』という姿勢には義憤を感じるものの一人だ。だからこうして君の非公然組織にも助力してきた。しかし今回は……少し分が悪く無いかね……』
甲武国陸軍の将軍の徽章をつけた老人が、モニターの中で髭を弄りながらうつむいて話す。
『そうだとも!我々はここまで同志達の活動で静かに支持を広げて来たのだ!悪いことは言わん、これは罠だ。宰相、西園寺義基と、あの
ゆったりとした執務用の椅子に腰掛けた近藤は、どれも消極的な支援者に対し薄ら笑いで答えた。
「皆さんはご自分がこれまでなさってきたことが、『何のため』かお忘れのようですね。西園寺義基首相の明らかに貴族の国家支配の象徴である枢密院を無視した強引なやり口を続けてきたのはご存じですよね。特に海軍ではあの憎らしい兄弟のシンパが大きな顔で歩き回っている。陸軍は『官派決起』のトラウマから西園寺政権の軍縮政策に抵抗すら示せないでいる。あの兄弟への恨み……お忘れになったわけではないでしょう?」
そう余裕を持って主張する近藤の言葉に、軍部の領袖である同志達はただ頷くしかなかった。
「国家の根幹を揺るがし、混迷を招いた普通選挙制度などと言うたわごとを叫ぶ愚行を見てください。軍の士気低下を招いた士族の恩位による将校、官僚への登用制度の廃止を思い出してください。枢密院の権限を奪い取って、平民達の人気取りに躍起になる庶民院の決議権の優先を選んだ哀れな連中ですよ。どれも甲武国の誇りある体制と姿勢をなし崩しにして一弱小国家に貶めた許しがたい所業ばかりです!」
その挑発的にも見える近藤の笑みに、海軍・陸軍の高官達は黙り込んだ。
「これまで我々は卑屈に過ぎました。思えば『官派の乱』と連中が呼んでいる、陸軍の同志達の倒閣運動。あなた達はこの出来事を『過激派の暴挙』と呼んで、この戦いに敗れた同志達を見殺しにした。ですが彼等の予言した、我々貴族や士族の没落は、そのときには始まっていたことくらい、今になればあなた達にもお分かりになるんじゃないですか?」
甲武国を二分し、争われた『官派の乱』。貴族擁護を掲げて立ち上がった、同志達を見殺しにした罪悪感のある軍の幹部達の表情は曇った。近藤の過激な言葉は彼等の胸に深く突き刺さるものだった。
「おかげで我々は西園寺兄弟の罠にまんまとはまり込んだ。その結果が今の貴族や士族の没落ですよ。だが、今なら取り返すことができる。西園寺兄弟の弟、嵯峨惟基少将はもはや中途半端な司法局実働部隊で隊長ごっこの最中です。その実力などたかが知れている……」
『中途半端と言うが君!彼にはそれだけの実績がある!『遼南内戦』ではあの男がいなければ『遼南共和国』は滅びなかった!遼州内戦での『人類最強』と呼ばれたクバルカ・ラン率いる共和国軍をいともたやすく破ったあの指揮能力。舐めるわけにはいかん!』
参謀部長の徽章をつけた高官が、そう横槍を入れる。だが近藤は表情一つ変えずに言葉を続けた。
「それは相手が状況を生かしきれていない有象無象だったからですよ。クバルカ・ランが『人類最強』?所詮は一パイロットですよ。指揮能力などたかが知れています。私だって作戦本部に長年勤めて、嵯峨惟基少将と言う男の得意とする戦術は理解しているつもりです。彼は直接大部隊を指揮して実戦で勝利した経験が、『ほとんど』無い。当然、彼を入れる為の『
淡々として話す近藤に一同は引き込まれた。高官達は少しづつその弁舌に飲まれつつあった。
「強力な敵には迂回し、その力が最小となった時点での奇襲による一撃。これで勝負をつけるのが嵯峨少将のやり方だ。それならばそれを逆手にとって最初からこちらも戦力を拡散し、相手が懐に飛び込むのを待つ……私がその囮を務めようという話です。その間に皆さんは自分の準備を進めると良い」
近藤は笑顔を浮かべながら画面に映る弱気な同志達を鼓舞した。