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第133話 甲武国の仕組み

「アイツの社会常識問題についていくために必須の知識なんだが……甲武国は……『共和国』じゃない。『帝国』でもない。その理由……分かるか?」

 
挿絵


 嵯峨はそう言って社会知識ゼロの誠の顔をまじまじと見つめた。

「僕……社会は苦手なんで」

 そう答えるしかない自分が恥ずかしいが事実なので仕方がなかった。

「それは知ってるよ……理由は簡単だな。甲武国の元首は人間じゃねえんだ……皇帝や王様が君臨しているわけじゃねえから『帝国』でも『王国』でもない」

 嵯峨はそう言うと理解不能な言葉の連続に難しい表情を浮かべている誠に笑いかけた。

「人間じゃない……というか『元首』ってなんです?」

 誠の顔を完全にあきれ果てたというような表情で嵯峨が見上げる。

「あのなあ……お前さんも一応は大学出てるんだろ?まあいいや、元首って言うのはその国の代表のこった。あそこの元首はな……『鏡』なんだ……『甲武の御鏡(みかがみ)』と呼ばれて貴族の会議をやる『金烏殿(きんうでん)』と呼ばれる建物の奥深くに飾られてる」

「鏡?鏡が代表なんですか?」

 あまりに意外な答えに誠は口ごもった。

「そう、鏡。遼帝国の遼薫(りょうくん)とか言う皇帝から初代の甲武国宰相西園寺基(さいおんじもとい)……ああ、かなめのご先祖な。そのかなめのご先祖が受け取った鏡があそこの国の元首なんだ。あそこの四大公家である西園寺家、九条家、田安家、嵯峨家はその鏡の信任に応えて(まつりごと)を行うことになってるんだ」

 誠は鏡のやる政治が理解できずに呆然と立ち尽くしていた。

「鏡が信任?鏡にそんな機能があるんですか?AI搭載してるんですか?」

 間抜けな答えなのは十分承知だったが、誠にはそれ以上のことは言えなかった。

「AI搭載って……そんな鏡気持ち悪いわな。その鏡はしゃべりもしないし文字が浮き出るわけじゃねえよ。第一、独立当初の遼帝国にそんな技術はねえよ。普通の青銅製の鏡だ。俺は見たことがあるが……何のことは無い、半径二十五センチぐらいの丸い鏡だ。裏になんか色々書いてあるらしいが……俺は表しか見たことがねえよ。まあ、綺麗に顔が映る普通の鏡だ」

 嵯峨は少し遠くを見るような目で誠を見つめながらそう言った。

「なんでそんな鏡をありがたがるんです?鏡なんていくらでも作れるじゃないですか」

 誠にはそんな頭の悪い質問しかできなかった。

「その理由は簡単だ……人は間違うが物は間違わないって訳。いわゆる国の御神体だな。神社とかに大木とか石とか御神体にしているところあるじゃん。そんな感じだな」

「確かにそう言う神社はありますね」

 東和共和国にも神社はある。多くは巨木や剣などを御神体にしているということは誠も知っていた。

「まあそう考えると一番しっくりくるわな。鏡が神様って訳だな。神様だもん……間違いを犯すわけがない」

「確かにそうですけど……代表なんですよね?その鏡は。国の代表が何かを決めなきゃならない時はどうするんですか?」

 誠にも政治は人間がやることくらい分かっている。それを鏡の信任でやるということが今一つ理解できなかった。

「そんなもん政治をやってる貴族が決めりゃあいい。そしてその責任は貴族が鏡に対してとる訳だ」

「なんかしっくりしないんですけど……」

 東和共和国は大統領制が敷かれている。大統領は首相を指名し政治を行うくらいの知識は誠にもあった。

「鏡はただ政治を行う貴族達の顔を映すだけ……その苦悩も愚かさもすべてはっきりと映す……間違いを犯すことが無いんだ。だから鏡が元首って訳。絶対に過ちを犯さない元首が出来上がるんだ」

 嵯峨はそう言って吸いかけのタバコを灰皿に落とす。

「でも誰も異論をはさまないんですか?どう考えても僕には変なことに思えるんですけど……」

 誠は待たせているランのことを思い出しながらそう言ってみた。

「異論を言う人間の顔を映すのもまた鏡なんだ。鏡に文句言ったって疲れるだけだよ……それに失政は鏡に忠誠を誓った貴族達が悪いってこと。鏡は何一つ間違っちゃいないわけだ……失敗できるのは人間の特権だな」

「それが甲武国の政治……」

 かなめの母国の少し変わった政治体制に誠は驚きつつそうつぶやいた。

「そう。鏡に誓いを立て鏡に頭を下げて政治を行うのがあそこの貴族ってことなんだ」

 そう言って嵯峨はタバコの灰を灰皿に落とした。


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