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第129話 命の選択

「言っちゃったらしいねえ……第六艦隊の近藤を狩るのが今回の目的だって」

 
挿絵


 司法局実働部隊隊長室の机で嵯峨は扇子で顔をあおぎながら目の前に立つランにそう言った。

 そのあおぎ方や言った言葉と反比較してその表情は涼しいモノだった。

「遅かれ早かれ口の軽いアメリア経由で伝わる話だ。問題ねーだろ?」

 ちっちゃなランはそう言って目の前のやる気のなさそうな嵯峨をにらみつけた。

「そうなんだけどさあ……せっかく神前がうちに居つくって決めたところじゃん。このまま戦闘が予定されてます、人を殺すかもしれません……なんてことになったら、またアイツ辞めると言い出すぞ」

 嵯峨はそう言うと扇子を閉じて上目遣いにランを見つめた。

「『殺すかもしれません』じゃねえか。『殺させる予定』なんだもんな」

 嵯峨はそう言うと薄気味の悪い笑みを浮かべた。

「悪い顔してんぜ、隊長」

 そんなランの指摘に嵯峨はすぐにいつもの『駄目人間』の表情に戻った。

「かもな……」

 嵯峨はそう言うと頭を掻きつつ机の上のタバコに手を伸ばした。

「俺は思うんだよ……俺は正しいのかなってな」

 タバコに火をつけて一呼吸した後、嵯峨はそう言って天井を眺めた。

「今回は無かったとしても、うちにいる限り神前はいずれ『人殺し』になるんだ……いくら『廃帝』の歪んだ望みを止めるためとはいえ……それは良いことなのか?アイツは軍人向きじゃねえのは百も承知。でもあの力は……欲しいねえ……喉から手が出るくらい」

 嵯峨は自分自身に言い聞かせるようにつぶやく。

「アタシが言えた話じゃねーが……隊長、アンタは正しいと思うぞ。アイツはうちに引っ張らなければいずれ勝手に『覚醒』する。そーなれば地球圏の連中が何を企てるか分かんねーかんな」

 お子様にしか見えないランがまるで自分より小さな子供をあやすような調子でそう言った。

「それは分かってんだよ……でもその方が良いかもしれないと思うんだよね。そうなればアイツは少なくとも『無罪』だ。人は殺さずに済む。たぶんその時点でアイツの覚醒を望まない誰かに逆に殺されるだろうけどな。これまで俺は間違いばかりしてきたからな……ここに来てかなり迷ってんだよ」

 そう言うと嵯峨はまだ一口しか吸っていないタバコを缶コーヒーの空き缶に落とした。

「何言うんだよ。あの時も……遼南内戦でどうしようもなくなったアタシを止めてくれたのはアンタじゃねーか」

 はっきりとした強い口調でランが叫んだ。その口調に嵯峨はタバコに伸ばそうとしていた右手を止めた。

「いや、お前さんはいずれ止まったよ……『遼南内戦』……遼南共和軍の狂気はその中枢にいたお前さんが一番よくわかってたじゃないの。それに、お前さんを止めたのは俺じゃないよ。遼州の『女神』が止めたんだ。俺は『最弱の法術師』だからな……『人類最強』のお前さんの敵じゃねえよ」

 そう言うと嵯峨は視線を窓の外に向けた。真夏のうだるような暑さを想像してか、再び嵯峨の手の扇子が動き始める。

「ああ、その『女神』が言ってたよ……『廃帝を止めるには私が出た方が?良いか』って」

 ランは笑顔を浮かべて後姿をさらしている嵯峨にそう言った。

「人間同士の無益な争いに無縁な『女神様』を巻き込むわけにはいかねえだろ?……ああ、お前さんを倒すときには御出馬願ったな……でも……」

 再び視線をランに戻した嵯峨の表情に迷いが浮かんでいることをランは見逃さなかった。

「隊長、迷うんじゃねーよ。もう事態は動き出したんだ。『廃帝』は倒す!『ビッグブラザー』とその信者には御退場願う!そのためのこの部隊じゃねーか!」

 力を込めたランの叫びに嵯峨もようやく目が覚めたように真剣な表情を浮かべた。そんな嵯峨を見て安心したのか、ランの幼い顔が笑顔になった。

「それにだ、アタシの前ではいいが、他の連中にはアンタが迷ってるってことは悟られるなよ……勝てる戦も勝てなくなる」

 ランのまるで年長者のような言葉を聞きながら嵯峨は扇子で額を叩きながらしばらく考えを巡らせた。

「そうだな……泣き言はこれで最後にするよ。それとだ、神前には敵を撃って涙を流さねえ『クズ』にはなって欲しくねえな。お前さんみたいに敵に涙を流せる立派な戦士になって欲しいもんだ」

 そこまで言うと嵯峨は静かにタバコの箱に手を伸ばした。

「アタシは立派じゃねーよ。ただ『(じょう)』のねー人間が嫌いなだけだ」

 ランはそう言って嵯峨に背を向けて隊長室を出て行った。

「人の上に立つってのは……疲れるもんだ……辞めたいのは神前じゃなくて俺の方だよ」

 タバコに火をともしながら嵯峨はそう言ってランの消えた隊長室の扉を見つめていた。


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