第128話 影の『金庫番』
次の日の朝、誠がいつもの時間に着替えを済ませて機動部隊詰め所に入ると、かなめがランの机の前で腕組みをしている後姿が目に飛び込んできた。
「おはようございま……す?」
少しその様子を気にしながら誠が席に着く。かなめはランの副隊長室の大きな机の前で難しい表情でとぼけた調子のランをにらみ付けていた。
すでにカウラはいつも通り端末に何かを打ち込んでいた。
「カウラさん。なんかあったんですか?」
誠はにらみ合って黙り込んでいるランとかなめを見ながらカウラに尋ねた。
「なんでも今回の演習から貴様を外せと西園寺が言い出したらしい」
手も止めず表情も変えずにそれだけ言うカウラはそう答えた。
「僕を外す……下手だからですか?」
カウラの意外な言葉に誠は戸惑った。
「それもあるが……西園寺の奴、何か知ってるんだろ?アイツは甲武国陸軍からの出向者だ。甲武国の事情については私やクバルカ中佐より詳しいはずだ……それとたぶん……まあそれは聞かぬが花か」
「なんです?それ?」
相変わらず画面から視線を外さずにカウラはそう答えた。その言いよどんだ言葉の意味が理解できずに誠は立ったまま言い争うランとかなめに目をやった。
「……あそこにはヤバい連中が多いって言ってんだろ?今回はやめといた方が良い!叔父貴のことだ。あそこを選んだのは明らかに戦闘が起こるのを知って手のことだ。戦闘になれば神前も出撃することになる。神前はまだ人を殺せるようにはなってねえ……いくら『素質』があってもだ!」
珍しく真剣な表情でかなめはそう言い切った。
「分かってるよ。それに今回の演習の話だが隊長から上に上申したわけじゃねえ。上からの指定なんだ。あそこで演習をしろってのは。それにわざわざそこに神前が参加するようにと『指名』が入ってるんだ……分かるだろ?いつかバレるの!神前の『素質』なんざ!アタシや隊長にも立場があんだ。察しろ」
昨日聞いた話の通り、今回の演習は相当にヤバいものだ。それだけは誠にも分かった。
「……おい、神前」
かなめの強情ぶりに飽き飽きしたというようにランが誠に声をかけてきた。
「用ですか?」
誠が立ち上がるとかなめが明らかに不服そうな顔をして自分の席に戻っていった。
ランに呼ばれるがままに誠は彼女の機動部隊長の大きな机の前に立った。
「昨日……聞いたらしいな……アメリアの奴口が軽くていけねーや」
ランの机にはいつも通り将棋盤が置いてあった。
「聞きましたけど……なんでも甲武で反乱を企てそうな人が飛ばされる先が演習場なんですよね」
「まーな。だが、『企てそうな人』であって『企てている人』じゃねーんだ。この違いが分かるか?」
禅問答のような問いに理系脳の誠は首をかしげた。
「つまりだ。クーデターが起きそうな兆候はまだねーんだ。だから、あの近藤とか言う野郎も……」

「近藤!」
かなめが叫び声をあげたときにランは明らかに自分が余計な言葉を漏らしたことに気づいた。
「アイツはヤバいなんてもんじゃねえぞ……甲武の軍の裏金のねん出を担当している『影の金庫番』って呼ばれてる男だ……アタシもアイツの
「裏金?何のために軍が裏金を?」
誠はかなめの言葉が理解できずにただならぬ雰囲気をたたえて立ち上がった彼女に目をやった。
「神前よ。戦争はな、きれいごとばかりじゃねーんだ。存在していないはずの施設が突然中立地帯に立ってたり、いるはずの無い輸送艦が物資を運んでたりする……そんな『秘密』を自軍にも悟られないために各国政府は『裏金』をねん出しようとするんだ。大体が非合法的な手段でその裏金は捻出される」
ちっちゃなランからそんな戦争の裏事情を知らされる誠だが、今一つピンとこなかった。
「まあ、近藤の旦那は『白い粉』を中立の東和に売りつけるルートを開発した『賢い軍人様』だからな……今はその金がどこでどう回ってるかはアタシも知らねえがな」
かなめは吐き捨てるようにそう言ってランをにらみつけた。
「白い粉って……『薬物』ですか」
かなめの言葉に誠はようやくことの重大性に気づいた。
「国際法で禁止されてるはずか?……なんで『武装して警察官より強い』兵隊さんがそんな貧弱な武装の民間警察が守っているルールを守るんだ?戦争にルールなんてねえんだよ……勝った方がルールを作り敗者を裁く……勝敗が決まらなきゃそれが永遠に続くわけだ」
静かに椅子に座るとかなめはそう言ってたれ目で誠を見つめた。
「裏金のルートを握っていて……しかも今の政府に反抗的な指揮官のいる演習地……」
誠は自分が汚れた世界に生きているという自覚を生まれて初めて持つことになった。
ランの説得をあきらめたように、かなめはそのまま自分の席に置かれたホルスターを手に取るとそのまま詰め所を出て行った。
「そんな裏金作りのプロが消えてくれればいいと考える人間もいる……そう言うことなんだろ」
カウラはそれだけ言うと再び目の前の端末のタイピングの速度を上げた。
「そんなもんですか……」
誠はいまだに納得できずにただ電話の子機だけが置かれた机に座り込んだ。この演習は演習で済むわけがない。その事実だけは誠にも理解できた。