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第126話 誠のトラウマ

「そう言えば……話は変わるけど、誠ちゃんはなんで野球をやめたの?かなめちゃんの話じゃ高校時代は『都立の星』って呼ばれるエースだったんでしょ?プロからスカウトされたりしなかったの?」

 ビールを飲みながらアメリアは突如何気ない調子で誠に語り掛けた。

「そんなの投げ過ぎで肩を壊したからに決まってるじゃないか」

 
挿絵


 そう言ってカウラは微笑みを浮かべる。

 カウラの視線の先で誠はうなだれつつ話始めた。その暗い表情にいつもは明るい面々も誠に何か過去があることくらいは察した。

「実は……僕……後輩のキャッチャーを殴ったんです……試合中に……それで公式の試合には出場できなくなったんです」

 誠の突然の告白にカウラとアメリアの表情が曇った。

「うちの高校……都立の進学実験校だったんで……ほとんどの生徒が帰宅部なんですよ」

 ビールのグラスを手に誠は話を続ける。

「僕の居た野球部も三年が僕と別のキャッチャーをやっていて主将だった奴と二人っきりだったんです。二年と一年生を合わせても十二人しか部員が居ないんです……しかも一年からほとんどの生徒が予備校に通ってるんでほとんど練習には出れないんです……練習試合もできない有様でしたから」

 暗い誠の表情に聞いてきたアメリアさえ少し寂しげな表情を浮かべていた。

「三回戦の日なんですけど……相手は……坂東(ばんどう)一高って言う学校でして……」

「坂東一高!その年の全国大会優勝校じゃないの!」

 さすがに野球をやっているだけあってアメリアは全国大会出場確実な学校名ぐらいは知っていた。

「うちのキャプテンだったキャッチャーの奴がその日、大学の推薦入試の面接の日だったんです」

 誠はそう言って遠い昔のことのようにその光景を思い出していた。

「ずいぶんと悪趣味な日に面接の予定を入れるわね」

「そいつは海外留学希望があって夏季入試の日程に合わせて受験したからその日になったそうです。……そのゲルパルトにある医大も九月入学のための入試が七月にあるんです」

「そう言えば……四月入学の国って同盟では東和と甲武くらいだものね」

 アメリアは納得したというようにシシトウを口に運んだ。

「知ってるよ。二番手キャッチャーのその日のパスボールが八個。他にも内外野のエラーが合わせて二十二個……五回コールド負けの試合で240球も投げたら肩もぶっ壊れるわな」

 かなめはラムを飲みながらそうつぶやいた。

「知ってたんですか?」

 少し驚いたような誠の顔を見てかなめはやさしく笑いかけた。

「一回戦は完全試合、二回戦は三安打失点0の『都立の星』の最期にしちゃあずいぶん間の抜けた話だってんで調べたんだ。あれだろ?その正キャッチャーの奴はその後、医科大学に進んで今じゃあ母校の監督をしてるって話じゃねえか……」

 かなめは表情も変えずにラム酒をあおった。

「ええ、アイツは……大学なんてどうでもいいって言ったんです。全国大会に出る為ならゲルパルトの医大は諦めて東和の医大を受けるって。でも僕が止めてアイツはそのままゲルパルトの医大を受けたんです。実際、その推薦入試は落ちて、その冬に都立医科大に受かってそっちに行きましたから。けど……僕には言えませよ、お前が居ないとゲームにならないなんて……アイツは医者になるつもりで高校に来てたんですから。野球をやりに来てたわけじゃありませんから」

 誠はうつむきながらジョッキに口を近づける。そんな仕草の中に少し感傷的になっている自分を感じていた。

「でも殴るなんて……」

 さすがに笑いの為には暴力も辞さないアメリアも誠の意外な行動に言葉を詰まらせた。

「僕も自分で殴るなんて思っていなかったんです。パスボールを詫びに来た後輩を気が付いたら殴ってたんです。生まれて初めて人を殴ったのがそれです。でも、暴力はいけませんよね。即座に僕は退場になりました……それ以来野球はやっていないんです」

 アメリアに言われるまでも無い。それに誠はそれ以降も人を殴ったことは無かった。

「オメエが来るって聞かされて実は当時の映像を見たが……全国大会優勝チーム相手に外野まで飛んだ当たりがほとんど無かったのは事実だしな……キャッチャーがまともなら勝ちはしねえがいい試合になったろ」

 そう言うかなめの慰めの言葉も今の誠にはあまり意味は無かった。

「でも三振もほとんど取れませんでしたよ。やっぱり全国レベルの選手は違いますよね。ボールになるスライダーやフォークは見向きもしないし、カウントを取りに行ったストレートはセンター返しで、カーブは……いい勉強になりました。僕にはやっぱり勉強とプラモしかないのかなって……」

 そう言って誠はジョッキのビールを飲み干した。


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