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第122話 過去の物語

「思うんだけど……なんか……私の席、神前君から遠くない?アメリア、わざとやってるわね」

 
挿絵


 アメリアが決めた席順に不服そうに抗議するパーラだが、アメリアのあざけるような視線とカウラとかなめからの殺気を帯びた視線を浴びると仕方ないというように静かにうなだれた。

「小夏!アタシの酒!」

 かなめが叫ぶと、店の奥からラム酒のボトルを持った藤色の和服を着たこの店の女将の家村春子(いえむらはるこ)が現れた。

「すみませんね……いつもごひいきに。西園寺さんの『レモンハート』。まだまだケースであるわよ」

 女将らしい女性はそう言ってラム酒のボトルをかなめのカウンターの上に置いた。

「ケースで頼むとは……西園寺。貴様は飲みすぎだぞ」

「うるせえんだよ!この身体だ。アタシのことは『鉄の肝臓を持つ女』と呼べ」

 たしなめるようなカウラの言葉に明らかに嫌な顔をしながらかなめはこたえた。

「じゃあ、いつものコースでいいわよね」

 アメリアはそう言って一同の顔を見回す。注文を待つ焼き鳥の調理場のおじいさんの隣に現れた春子が笑顔を浮かべていた。

「俺!豚串追加で。前回足りなかったんで」

 島田がタバコをくゆらせながらつぶやいた。

「神前、レバーはやるわ。アタシあれ、苦手だから」

「はあ」

 かなめの言葉にレバーがあまり好きではない誠も命が欲しいのでうなづくしかなかった。

「分かったわ。源さん!盛り合わせ七人前に豚串!」

 春子はそう言って奥の冷蔵庫に向かった。

「毎回ここですね……これで三度目ですよ。豊川には他に店が無いんですか?」

 誠はとりあえず一番話題を振らないとめんどくさそうなかなめに話しかけた。

「ここが一番サービスが良いの!チェーン店の焼鳥屋はラム酒置いてねえだろ?」

「意地でもラム酒を頼む貴様がどうかしてるんだ」

 いつものように冷静にカウラはそう言って出されたつきだしをつついた。

「なんだと!」

「お二人とも……抑えて」

 両脇のカウラとかなめのいさかいにおびえながら誠はそう言った。能天気なサラは春子から渡されたビールの中瓶を隣のカウラに手渡した。

「私は運転してきているんだ。飲まないぞ」

 そう言うとカウラはビール瓶を誠に手渡す。

「じゃあ、注いでよ。誠ちゃん」

 背後からやってきた小夏からグラスを受け取ったアメリアはそう言って誠にビールを注ぐように促した。

「じゃあ注ぎますね」

 誠はそう言ってビール瓶を手にアメリアに向き直った。

「ちゃんと『ラベルは上』にして注ぐのよ。それがうちのルールだから」

 笑顔のアメリアは相変わらずの糸目で誠からはその考えているところがよくわからなかった。

「烏龍茶……は、パーラさんとカウラさんだけ?」

 春子が烏龍茶の入ったグラスをパーラとカウラのカウンターに並べる。パーラはビールをサラのグラスに注ぎながら静かに頭を下げていた。

「そう言えば、隊長達は来ないんですか?あの人いかにも飲みそうなんですけど」

 それとなく誠が隣のカウラに尋ねる。カウラは一口、烏龍茶を口にすると真顔で誠に向き直る。

「隊長は月に小遣い三万円だ。大好きな風俗だって月に一度くらいオートレースに勝った時に行くだけ。隊に住んでいる安アパートから自転車で通っているくらいだ。店で酒を飲む金なんてある訳が無い」

 カウラはそうはっきりと断言した。

 誠は嵯峨が高校生並みの小遣いで、どうやってオートレースやタバコや隊長室で隠れて飲んでいる焼酎の金を捻出しているのか不思議に思いながらかなめに目をやった。

「ああ、叔父貴?あのおっさんはやたら運がいいのか、読みが鋭いのか、結構趣味のオートレースで勝ってるみたいだぞ。まあ当然負ける時もあるみたいだから隊の連中に借金しているときもあるけどな。そんなだから給料全部親とはまるで似てないしっかり者の娘に取り上げられて小遣い制にされるんだよ」

 乾杯を待たずにラム酒のグラスを傾けるかなめの言葉に、少しばかり嵯峨と言う上司の寂しい背中が思い出される誠だった。

「じゃあ、注ぎ終わったことだし!乾杯しましょう!」

 アメリアの言葉で全員がグラスを上げた。

『乾杯!』

 軽くグラスを合わせていると、春子と小夏がシシトウの焼き物の載った皿を配り始めた。

「いいねえ……夏だねえ……」

 かなめはそう言いながらシシトウをつまみに酒を飲んだ。

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