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第121話 暇人達の夕方

「おい、神前。飲みに行くぞ……今日は島田とサラとパーラも一緒だ」

 その日の終業を告げる鐘が鳴ると同時にかなめがそう言って立ち上がった。

 実働部隊機動部隊詰め所。相変わらずランは机の上に広げていた将棋盤を片付けている。

「でも……こんなにすること無くていいんですかね。僕達がこれまでやった警察らしいお仕事って、僕が拉致されたときにマフィアのボスを捕まえたくらいじゃ無いですか……だから予算が出ないんですよ。うちには。同盟機構の予算も無尽蔵って訳にはいかないでしょうからね」

 もう誠が配属になって二週間目である。仕事らしい仕事と言えば、誠が拉致されたときに『皆殺しのカルヴィーノ』と呼ばれたマフィアのボスを逮捕したことくらい。時々シミュレータで陸上戦闘の模擬戦をするのがあえて軍事組織の仕事としてはそれらしいことだった。

「予算が無いんだ仕方がない。それだけ今の遼州は平和だってことだ。感謝こそすれ恨む話では無いな」

 机の上の端末を終了したカウラはそう言って静かに立ち上がる。

「と言うか……うちって何のための部隊なんです?この前、僕が誘拐された時だって東都警察や県警の特殊部隊だってできる制圧作戦だったらしいじゃないですか。それをわざわざシュツルム・パンツァーやそれを運用する運行艦まで用意しているなんて。平和な割には物騒すぎる話じゃ無いですか」

 誠は今日搬入されたばかりの端末を閉じながらつぶやいた。

「うちは『軍事警察』って組織なの!東和警察の管轄は東都だけ!県警は県だけ!うちの管轄するのは遼州同盟の加盟国の領域すべてって訳!同盟機構の構成国家間で軍隊が動くとまずいような軍事衝突が起きたらそれに対応するのがうちのお仕事!まったく神前には理解力と言うものがねえな」

 明らかに馬鹿にするような顔でかなめがそう言って誠の肩を叩いた。

「でもそれならなおのこと東和宇宙軍が動けばいいじゃないですか。あそこは前の遼州内戦でも平和維持活動として出動して戦火の拡大を阻止してたじゃ無いですか。それにあそこはほとんどの戦場で電子戦対応装備の飛行戦車飛ばして上空の封鎖とか非戦闘地域を設定できるんだったら……必要無いでしょ?うち」

 誠の常識から考えればそのようなことは軍の管轄と言う理解があった。

「何度も同じことを言わせるな。あの時は遼大陸に東和が持ってる鉱山の利権が絡んでたからそれを口実に東和宇宙軍を動かすことができたんだ。まず、軍が動くってことはいわゆる政治問題に発展するんだ。うちの組織は軍組織で装備も軍に準じているがあくまで『警察』なんだ。東和共和国ではなじみが薄いが大昔の『ソビエト連邦』に似た政治体制の外惑星連邦には『軍事警察特殊部隊』が存在する。まあ、同じようなものだと考えれば……ああ、貴様にそう言う社会知識を期待するのは無駄だったな」

 明らかにあきらめの表情を浮かべるカウラに誠はただ愛想笑いを浮かべるしかなかった。

「まあいいです。とりあえずうちは軍隊が活動できない時に出動する『特殊部隊』なんですね」

 誠は自分自身を納得させるようにそう言った。

「そうだ、軍が動けないような事態に対応する正義の味方。『特殊』な『特殊部隊』って訳だ」

 かなめの言葉を背に受けながら誠はそのまま機動部隊詰め所を後にした。

 そのまま男子更衣室に行くが、男性隊員のほとんどを占める技術部員は誠の機体にかかりっきりで誰一人中には居なかった。

「確かに理屈は分かるんだけど、なんか納得がいかないな……本当にうちは何のためにあるんだろう……」

 独り言を言いながら誠は着替えを済ませて男子更衣室の扉を開けた。

「誠ちゃん!」

 そこには笑顔のアメリアが立っていた。誠達パイロットがシミュレータによる訓練をしている間もアメリア達運航部の馬鹿女共は談笑に花を咲かせるだけで仕事らしい仕事は何一つしていなかった。

「アメリアさん、運航部も暇なんですか……と言うか運用艦はここに無いんでしょ?なんで勤務地がここなんですか?いつもしゃべっているだけでお給料がもらえるなんて言い職業ですね」

 誠が思いついた質問をするとアメリアは糸目でにらみつけてくる。

「ひどいこと言うわね、誠ちゃん。なんであんなド田舎勤務なんてしなきゃなんないのよ!あそこはねえ……あそこはねえ……」

 急にそう言ったアメリアはこぶしを握り何かに耐えるような表情をする。

「そんな遠くなんですか?運用艦の母港って」

 誠は涙目のアメリアを見て不思議そうにそう尋ねた。

「まあ遠いと言えば遠いわね……まあここ豊川からじゃあ都心の渋滞地獄の中を通るわけじゃないから時間はそうかからないけど、運用艦の係留されている場所の周りに何にもないのよ。あの『特殊な趣味』の人達でもない限り住みたくないわよ。私はあんなとこに勤めるなんて絶対嫌!」

「特殊な趣味?」

 本部の玄関に向かう階段を降りながら誠はアメリアの言葉の中に引っかかる言葉を見つけてつぶやいた。

「まあいいわ。どうせ運用艦『ふさ』に乗って食事をすればわかるわよ。連中がいかに『特殊』か」

 『特殊な部隊』の中でも特に特殊に見えるアメリアから特殊扱いされる運航部の係留地に勤務している隊員達のことを想像する誠だが、まるで想像がつかなかった。

「『特殊な部隊』の人から『特殊』って言われるって……その人達なんなんですか?それに食事って……なんか奇妙なものを食べさせられるんですか?」

 間抜けな誠の質問を無視してアメリアは本部の玄関ロビーのドアを開けた。

 外の空気は夏の夕暮れの熱気に蒸しあげられていた。

「暑い……」

 誠がそう言いながら駐車場の方に目を向けるといつものカウラの『スカイラインGTR』が近づいてきていた。

「なにもたもたしてんだ!行くぞ!いつもの月島屋だ」

 助手席から顔を出して飲みに行くテンションでご機嫌のかなめが叫んだ。

 誠とアメリアはその声に導かれるようにして車に乗り込んだ。



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